都会のオアシス 神田川を辿る旅 ③

高速道路の影になる神田川

江戸川橋を過ぎると、頭上に首都高が寄り添うようになります。しばらくは首都高の下の薄暗い道を仕方なく走りますが、少し進めば左岸に側道が現れるので、そちらに移りお天道様の下快走します。

中央線と神田川に沿ってサイクリング

神田川は飯田橋駅前でついに首都高に乗っ取られてしまいます。川面を見ないまま、ここで左へ90°方向転換。中央線沿いを進みます。

ここからは左岸を外堀通りが沿って走っているので、そちらの車道を走ります。神田川沿いの歩道をゆっくり走ってもいいのですが、意外に歩行者が多く迷惑になってしまうほか、神田川自体かなりの掘割の中を流れているので、川沿いを行っても土手に沿った木々を感じるだけとなります。

そもそも、この神田川は昔から手を加えられてきた川だそう。水道橋より先は台地の中に掘割を通した全くの人口流路で、江戸時代にはすでにそう改良されていたとのこと。

江戸の昔から、神田川は人の手によりその姿かたちを変えられ続けてきたのでしょう。だから中央線から見る神田川はお堀そのものという印象を受けるのも納得。

旧甲武鉄道ターミナル万世橋駅レンガ高架

飯田橋、水道橋、御茶の水と神田川にまつわる地名を通り過ぎ、赤レンガの高架が美しい万世橋に到着。この高架は、中央本線がその前身である甲武鉄道であった時のから現役の施設。

今もサラリーマンを満載する通勤電車の足元をガッチリ支える、縁の下の力持ち。何事も更新されてゆく東京の中で、こんなちょっとした昔を見つけるのが、僕の都内自転車旅の楽しみのひとつ。

船宿の密集する浅草橋

万世橋からは外堀通りと別れ、神田川両岸に接する一方通行の車道をのんびり走ります。ほどなくして浅草橋に到着。浅草橋には船宿が密集し、ここだけ一種不思議な雰囲気に包まれています。東京の真っ只中の江戸、というところでしょうか。

神田川浅草橋ビルと屋形船

浅草橋から上流を望めば、川沿いに建ち並ぶビル群と、その下にのんびり係留される屋形船のミスマッチが何とも言えない光景が広がります。

再開発がよしとされる東京の中で、まれに「意識的に」残された江戸東京がある。壊されるものと残されるものの違いは何なのでしょうか。僕には未だ判りません。ただ、このような光景すら壊されてしまっては、もう東京は東京で無くなってしまうような気がします。

僕は三代続くような生粋の東京っ子ではありません。それも、生まれも育ちも多摩東部。江戸っ子から見れば東京とは言えないのかもしれませんが、それでもやっぱり僕の故郷は東京都。ビル群から寺社から団地から畑まで。狭い中に色々なものがギュッと詰まっている、この東京の雑多な感じが好きなのです。

小さい頃はあまり都心へは出かける機会はありませんでしたが、それでも新宿や池袋、渋谷などは、印象に残るようなそれぞれのエリアごとの強いカラーがありました。東京駅も、もっとターミナル然としていた記憶があります。後楽園遊園地はもっとまったりとした遊園地で、東京タワーも垢抜けない雰囲気が好きでした。

東京は狭い分、そして江戸と武蔵にまたがる分、少し移動しただけでもガラッと雰囲気が変わり、色の違う街がひしめきあっているのが好きでした。

今の東京は、どこへ行っても大型ビルやマンションの並ぶ同じ景色ばかり。これでは、東京を参考にして作られた他の都市と変わりません。この先東京は、どのような方向へ進むのでしょうか。

こんな事を言っている僕だって、たかだかこの30年程度しか見ていません。都電が走るような街並みを知っている世代の方々は、この乱開発とも取れるような変貌振りをどう見られているのでしょうか。

神田川最後の橋柳橋

こんな事を考えることが多くなってきた今日この頃。20代半ばではあまり気にもしていなかったことですが、ここ最近とても気になるようになりました。自分でも気付かないうちに考え方や価値観がちょっとだけ大人になったのでしょうか?

井の頭の最初の一滴から追い続けてきた神田川。最後の橋である柳橋のすぐ下流で隅田川に合流し、その短くも濃い道のりを終えます。

浅草金のう○こと建設中の東京スカイツリー

神田川に別れを告げ、江戸通りを北上します。目指すは、ついに竣工時の高さまでになった東京スカイツリー。以前さんぽで来たときとは比べ物にならないほど高くなっています。

建設中の東京スカイツリーを見上げる

吾妻橋で隅田川を渡り、スカイツリーを正面に見据えながら浅草通りを快走。途中川沿いの路地へと入れば、スカイツリーを真下から眺めることができます。

見上げようとすると首が痛くなりつりそうになるほど。ここまで高いと、なんだかもうどれだけの高さなのか実感が湧きません。

逆光に照らされた建設中のとうきょうスカイツリー

川沿いを少し進み、橋の上からスカイツリーの全体像を眺めます。逆光に照らされたボディーは、レースのようなその構造をあらわにし、より華奢なイメージを抱きます。

どうしても、東京のタワーといったら裾野の広がった赤と白、と思ってしまう昭和な僕。この華奢な塔には、まだまだ馴染めそうもありません。

いや、スカイツリーが不恰好と言っているのではありません。それほど東京タワーには威厳があり、裾野の広がる姿が美しいというだけ。いつかきっと、このスカイツリーが名実共に東京の顔となる日がくることでしょう。

武蔵野の森から流れ出た神田川。その神田川を辿ることで、東京の様々な街並みを感じることができます。コンクリートで固められていますが、東京の街で生き残るには仕方の無かったことなのでしょう。

そんな姿になっても、今なお川として現役である。それはきっと神田川を残したいという何かの力が働いたからこそ。その証に、神田川流域には、神田川にまつわる地名駅名がたくさん残されています。それだけ街の中に溶け込んでいるということ。

高度経済成長期には、生活排水で汚染されきった死の川。それ以降もつい最近まで洪水が起こる暴れ川。そんな川でも地下に埋められず、バイパス水路や巨大調整池を作ってまで川として残されている神田川は、ある意味幸せ者かもしれません。

そして神田川もそれに報いるように、今では鮎も遡上するほどの水質まで回復しているのだそう。実際、うちの近所の神田川も、引越し当初より臭くなくなりました。

未だにゴミを捨てる不届き物がいますが、多くの人々に愛されている存在ということは間違いありません。走る子供たちに犬を散歩させる人々。自転車で走ると多くの人が川沿いをのんびり歩く姿を目にします。

そして僕も、神田川を愛するひとり。馴染みの井の頭池を発端とすることに縁を感じるのか、今の生活に密着しているからなのか、それともその流域の持つ目まぐるしい変化が面白いのか。とにかく神田川沿いを走るのが大好き。なんとなく落ち着くのです。

普段近所に流れるただの川。そんな何気ない川でも源流があり、河口がある。その途中には、自分の暮らす街とはまた違った姿の街がたくさんある。

当たり前のようで意外と気付かない、意識しないこと。そんな身近な中小河川を辿る旅、一度行ってみてはいかがですか?自分の街と繋がる意外な街。そんな発見がちょこちょこあって、楽しいものですよ。

★都会のオアシス神田川を辿る旅
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