お江戸東京新春開運ポタ④

愛車と雷門

一路浅草へ向けて北上し、有名な雷門の前へと到着。さすが東京を代表する名所だけあり、大混雑。手ごろな場所に駐輪し、徒歩で浅草寺へと向かいます。

新春の浅草寺仲見世

仲見世の入り口です。浅草寺といえば仲見世。雷おこしや揚げ饅頭、怪しげなJAPANグッズのお店が所狭しと並びます。特にお正月飾りで彩られた今の時期は、華やかで楽しい雰囲気。

初詣で混雑する仲見世

仲見世から浅草寺本堂まで、ずっとこの調子の大渋滞。もみくちゃにされて少々お疲れ気味です。この門を抜ければもうすぐ本堂。仲見世のお店がとぎれると、今度は出店が軒を連ねます。

浅草寺で初詣

何度来ても立派な本堂。写真には撮りませんでしたが、堂内の天井に書かれている龍の絵も立派です。

浅草寺五重塔のシルエット

浅草寺のシンボルの一つでもある五重塔が、夕日をバックにシルエットとなっています。ここだけ見れば、ここが東京のど真ん中とは思えないようなのどかな風景です。

かっぱ橋道具街とニイミのおじさん

観音様にお参りを済ませた後は、上野へと向けて走ります。途中、食品サンプルや、巨大調理用具で有名な、かっぱ橋道具街を横切ります。

今回は時間の関係上素通りですが、ここは本当におもしろい!思わず手を出してしまいそうなサンプルから、給食室にあるような大きなしゃもじまで、何でも揃っており見ていて飽きません。

下谷神社の鳥居

上野への道すがら、下町情緒あふれる下谷神社へ立ち寄りました。背の高いビルの立ち並ぶ大通りから一本入っただけとは思えないほどの静けさ。こじんまりとした雰囲気が、より一層「ホッとする」感覚を生むのでしょうか。

下谷神社前の下町風情

下谷神社にお参りし、鳥居を出たところで見つけた街並み。三鷹生まれの僕にとっては、こんな下町はテレビで見る景色。実際この目で見ると、新鮮なものがあります。

今でこそ再開発ラッシュの東京ですが、そう遠くない昔までは、こんな街並みは当たり前にあったことでしょう。これこそが、本来の東京なのかもしれません。

お正月のアメ横

下谷から上野は目と鼻の先。すぐに上野駅に到着です。これはかの有名なアメヤ横丁。今回は自転車なので、進入は自粛しました。

とにかく凄い混みよう。正月の平日でこれですから、年末買出しシーズンには絶対に来たくありません。テレビ中継だけでもうお腹一杯。

土日は混むアメ横ですが、平日なら意外と歩けます。海産物やお菓子屋さん、スポーツショップや宝石まで、様々なお店が競うように安売りに励んでいます。そんなお店を冷やかしながら歩くのも面白い。

冬の不忍池

上野駅を横目に真っ直ぐ進めば、そこはもう上野公園。今回は不忍池の周りをゆっくり回ることにしました。

不忍池には、都心とは思えないほどの大きな空が広がっていて、僕の好きなスポットの一つ。広い池の周りでのんびり過ごすことができます。

湯島天神の鳥居

不忍池から坂を一気に駆け上がり、たどり着いたのは湯島天神。ここは言わずと知れた学問の神様です。

受験シーズンを控えた湯島天神

もうすぐセンター入試というこの時期、受験生らしき学生さんが大勢詰め掛けていました。

僕は大学受験はせず入社試験だったのでこんな経験はありませんが、きっと試験のときの「藁をもすがる」思いというのは、同じようなものなのでしょう。

湯島天神の梅園

敷地の一角に、大きな梅の庭園が広がっていました。まだ時期が早いのか、どの木も花はつけていませんでしたが、黄梅一本だけすでに咲いていました。これだけ本数があると、満開の時期はさぞきれいなことでしょう。
護国寺の山門
湯島から道なりにすすみ、本日最後の目的地である護国寺へ。立派な山門が迎えてくれます。

護国寺の不老門
境内は、ここが池袋のすぐ近くであることを忘れてしまうような静けさに包まれています。僕は池袋の高校に3年間通っていましたが、近くにある護国寺がこんなにも荘厳な場所だとは、想像したこともありませんでした。
護国寺本堂と広い空
こちらが本堂。大震災や戦災にも負けず、建てられてから300年以上にわたり、変化を続ける東京を見つめ続けてきました。

護国寺は地下鉄の駅名になっていることもあり、地名としては認識していましたが、まさかこれほどの立派なお寺だとは思ってもみませんでした。

東京に残る古いお寺の中でも、観光地化されていない、本来の純粋なお寺の姿を残す珍しい場所だと思います。最後の最後で、穏やかな東京の姿を垣間見ることができました。

この後外苑西通りを南下し、江戸時代の街道のひとつ、甲州街道を走り帰路へと就きました。その甲州街道のすぐそばには、江戸の町民をうるおした、玉川上水も流れていました。今日のコースは、まさにお江戸東京一色。

古くからある神社仏閣を巡ってみて感じたこと。それは大都会という砂漠の中の、一点のオアシスであるということ。

どんなに周りに高いビルが立ち並び、それらに埋もれるようにしていても、神社仏閣の周りには大なり小なりしっかりとした自然が残されています。

それは最近の開発で整備された公園とは全く違うもので、人々に大切にされて守られてきた、「本当」の自然であるように思えて仕方ありません。

なんでも新しくしてしまう東京ですが、このような場所が今まで大事に守られてきたからには、僕らの世代も次の代のために残していかなければいけないと痛感した一日でした。

★お江戸東京新春開運ポタ
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