煙、湯けむり、ばんえつ路。~秋の残り火 冬の気配 3日目 ①~

咲花温泉ホテル丸松から望む朝の阿賀野川

咲花温泉で迎える静かな朝。もうすっかり旅先での早起きが定着したのか、今日も6時前にすっきり起床。滔々と流れる阿賀野川は、未だ夜の余韻を残す色合いに包まれています。

咲花温泉ホテル丸松朝食
エメラルドグリーンに染まるとろりとした硫黄泉に身を委ねるひととき。そんな気持ちの良い朝風呂を二度ほど楽しんだところで朝食の時間に。食卓には焼きかますや切り昆布煮、湯豆腐など和の品々が並びます。

温泉宿で味わう朝食。何度も旅するうちに朝食の良さを痛感した僕は、家でも出勤前の朝食は欠かさなくなりました。でもやっぱり旅先で食べる朝食は違う。

焼き魚など手のかかる献立もそうですが、この後も旅を続けることの歓びと気持ちの余裕なのでしょう。このゆとりを味わえるのは、旅という非日常だからこそ。

磐越西線咲花駅停止位置目標のC57180イラスト
他ではなかなかお目に掛かることのできない、超個性的な咲花のお湯。普通の住宅街に湧く印象的な温泉に別れを告げ、この旅のメインディッシュ、あの貴婦人との再会の瞬間を待ちます。

それまでの間、咲花駅構内をのんびりぶらぶら。SL用に延長された長いホームの先端まで行くと、こんなかわいい停止位置目標が。これひとつをとっても、この機関車がどれだけ愛されているかが伝わってくるよう。

このSLを大切に思っているのは、なにもJRや鉄道ファンだけではありません。駅構内で列車の到着まで30分程待ったのですが、その間に続々と近所の方がSLを見に集まってくるのです。乗車中も沿線で手を振るたくさんの地元の方の姿が。

ばんえつ物語に乗っていつも強く感じること。それはいかにみんなに愛されているか。単なるイベント列車には見られない地域に根ざした存在感は、唯一無二といってもいいほど。

磐越西線咲花駅2階から眺める晩秋の紅葉とC57180ばんえつ物語
晩秋の寂しさを感じさせる野山の中、遠くからこだまする汽笛。しばらく待てば、蒸気のリズムと共に煙がたなびくのが見え、いよいよ貴婦人との再会の瞬間が。

僕はこれまで始発の会津若松から乗っていたため、こうやってC57180が長い客車を従えて走ってくるのを見るのは初めてのこと。だめだ、すでに泣きそう。胸を揺さぶる蒸機の重低音と、それを彩る秋の最後の輝き。正しい鉄道の凛とした姿を、しかとこの眼と心に焼き付けます。

たくさんの煙と共に入線したSLばんえつ物語
シュッ、シュッ、と蒸気を吐きながら厳かに入線するSLばんえつ物語。SL牽引の客車列車の誇りであるかのように、駅構内を自ら吐いた煙で満たしてゆく。

この音、この熱、この匂い。全てが不器用で、人間臭い。まさか自分がこんなにSLが好きになるとは思ってもみなかった。僕にとってC57180は、言わば初恋のひと。この本気の蒸気機関車に、一目惚れしてしまったのです。

SLばんえつ物語2016年最終運転日満席の車内
この日は2016年最後の運転日のため、車内はほぼ満席。会津若松発ののんびりした雰囲気に慣れていたので、この賑やかなばんえつ物語は初めて。

車内を見渡せば文字通り老若男女、ひとりから家族、グループまでさまざまな人々がそれぞれの時間を楽しんでいます。

SLばんえつ物語車内で越後鶴亀ワンカップ
そして僕も自分の時間を楽しむことに。これから始まる2時間半のSL旅。久々に味わう時空を超える感覚を一層深いものにするため、越後鶴亀ワンカップを旅のお供に従えます。

SLばんえつ物語トンネルの中は夜汽車の風情
磐越西線は山深く険しい地形を走る路線。沿線には数多くのトンネルが掘られ、入っては抜け、抜けては入りの繰り返し。

汽笛一声響かせて、列車は隧道に突入。客車特有の静けさの中に刻まれる車輪のリズムと、前方から漏れ聞こえてくる機関車の吐く息の音。漆黒の闇に包まれたレトロ調客車は、現代においてもう味わえないと思っていた「夜汽車」の風情を存分に味わわせてくれます。

晩秋のSLばんえつ物語車窓に広がる深山幽谷の世界
トンネルを抜ければ、横を流れる大河、阿賀野川の流れ。その流れを隠すように低い雲が垂れ込め、ここが深山幽谷の世界であるかのよう。

これが初乗車なら、きっとこの天気を残念に思ったことでしょう。でも何度かこの列車に乗り感じたこと。それは季節と天候でこの列車の持つ味わいはいか様にも変わるということ。

結露に濡れる窓ガラス。水墨画のような阿賀野川の流れが車窓を支配し、やがてSLの吐いた煙と水蒸気が、それすら掻き消してしまう。晩秋の鉄路というものにこれ以上ないほど相応しい、侘びと寂びの世界。

C57180は津川駅で峠越えの準備に取り掛かる
賑やかな車内とは裏腹に、どっぷりと浸ってしまった昭和の旅情。こんな状況でひとりでこれほど妄想できるなんて、もう僕の特技のように思えてきました。

SLは順調に阿賀野川沿いを走り津川駅に到着。ここで峠越えの準備のため、しばらく停車しSLの点検、整備を行います。

これから挑むは磐越国境の峠道。SLの動力源は石炭と水。ここで水を十分に補給し、石炭はくべやすいよう積まれた山に登って均します。命綱を付けての作業は足場も悪く大変そう。昔はこのような光景が日々全国津々浦々で繰り広げられていたことでしょう。

津川駅で峠越えに備え点検を受けるC57180貴婦人
下へと目を移せば、これからの峠越えに向けて足回りの点検が入念に行われています。

人の手を借りないと走れないSL。いや、人の手が動かすSL。この人と蒸気機関車の距離感こそが、SLが他の鉄道車両には無い生き物らしさを持つ所以なのかもしれません。

津川駅に佇む貴婦人C57180ばんえつ物語
貴婦人。このC57形機関車は、細身のボイラーから受ける優美な印象により、そう呼ばれています。初期のC57こそが貴婦人であるという説もあるようですが、SLマニアでは無い僕にとってはこの姿こそが貴婦人。これまで見たり乗ったりしたSLにはない流麗さが、漆黒のボディーに漂います。

そしてその美しさをより際立たせているのが、足元に付けられたスノープラウ。SLらしい重厚なデフレクターと共に、より一層威厳ある存在感を漂わせます。

晩秋の日出谷駅にこだまする汽笛の音色
津川駅で息を整えた貴婦人は、いよいよ福島に向けて走り始めます。阿賀野川の刻んだ谷を、川に寄りそうように走る磐越西線。結露と蒸気で曇る窓越しに車窓を楽しんでいると、日出谷駅に到着。

短い停車時間のあと長い汽笛を響かせ、列車はごとりと発車。ここ日出谷駅は両側に山が迫り、SLの汽笛がものすごく美しく響く場所。悲哀すら感じさせるその音色が、こだまとなって集落全体を包みます。

ゆっくりと去りゆく素朴な農村。晩秋の色合いに包まれたその景色はどことなく寂しく、SLの汽笛と共鳴するように、僕の心の奥を揺さぶる。そんなときに聞こえてきた、隣のご家族の会話。

「仕事では、何べんも汽車に乗って当たり前だったけど、本当にありがとう。」おじいちゃんがお婿さんにそう伝えるのを聞いて、無性に切なくなってしまう。

きっと、出張か何かで汽車によく乗っていたのでしょう。僕はイベント列車としてのSLしか知りませんが、その方は当時のことを思い出したのでしょう。たったそのひと言でしたが、その言葉にはずっしりとした重さが感じられました。

峠を越えて山都駅で休むC57180
満員の乗客それぞれの想いを乗せ、C57180は会津へと入り山都駅でふたたび小休止。昭和21年製造、御年70歳の貴婦人は、こうして毎週毎週、頑張ってばんえつ路を駆け抜けています。

C57180の美しい動輪
70歳になっても、人々に愛され必要とされていれば、こうして元気でいられる。老体とは思えないほどしっかりと整備されたボディーからは、それに携わる人々の情熱すら感じられる。

残念ながら、国鉄型特急もブルートレインも、過去のものになってしまった。鉄道の黄金期の生き証人は、もうSLしか残っていない。全国に数えるほどしか残っていない現役のSLたちには、末永く頑張って生き残ってもらいたい。

そのためには、僕たちが乗らなければ。守る人の愛情、乗る人の愛情、それがあるからこそ生きながらえている。もうこれは機械ではなく生き物だ。こうしてたくさんの人々に囲まれて蒸気を吐く姿は、何度見てもそう思わせる意思のようなものを感じさせます。

山都駅跨線橋から眺めるSLばんえつ物語
山間の非電化路線、長いホームに佇む蒸気機関車牽引の客車列車。現役当時に近い正しい使われたかをしている。初めてばんえつ物語に乗ったときに味わったその感動が忘れられず、こうして何度も乗りにきてしまう。

それまで、秩父や大井川、水上と何度かSLには乗ったことはありました。しかしいずれも短距離で、時間を稼ぐためか異様な遅さ。鉄道というよりアトラクション。子供ながら言いようのないつまらなさを感じていました。

そしてしばらく経って久々に乗ったSLが、このばんえつ物語。山深い非電化路線をきっちりとした速度をもって駆けるその感覚は、僕にとっては新鮮で強烈。それ以来すっかりこの列車の虜に。

この列車が残しているのは単にSLという車両だけではなく、この路線の持つ歴史や雰囲気、景色まで含めた汽車旅の旅情、文化の全て。乗るたびにそう強く実感せざるを得ない味わいは、この車両と路線の競演があってこそ。

SLばんえつ物語は峠を越えて会津盆地へ駆け降りる
今回は平気だと思っていた。新津の古巣の小学校に捧げる汽笛を聴かずに済むから、大丈夫だと思っていた。でもやっぱりだめだ、ものすごく切ない。

どうしてこうも切なくなるのだろう。毎回、毎回、胸に込み上げるものがある。それはきっと、人々を運び続けてきた汽車と鉄路だからこそ詰まった情というものがあるから。

山を抜け、盆地の底を目指して最後の走りをみせるC57180。うっすらと聞こえてくるその息遣いに、今回も感謝と労いの気持ちで胸一杯。

どっぷりと旅情に浸りたくなったら、また乗りに来よう。会津盆地に向けた汽笛の儚い音色に、秋とこの汽車旅の終わりを感じるのでした。

煙、湯けむり、ばんえつ路。~秋の残り火 冬の気配~

2016.11 新潟/福島
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