深き白に染められて ~厳冬の八甲田へ 3日目~

厳冬の青森雪に埋もれる酸ヶ湯温泉で迎える朝

あぁ、良く寝た。そろそろお風呂にでも行こうか。すっきりと目が覚め布団から出て、いざガスファンヒーターを点けてみると・・・。なんと室温1℃!!

まあそれくらいなら驚きません。古い木造の旅館のこと。これくらい下がっても不思議はありません。何が驚いたかといえば、その体感温度。

これほど寒い場所の宿なら、寝具に毛布が付いていることもよくあります。ところが、ここ酸ヶ湯では結構薄手に思える羽毛布団1枚だけ。ところが、一晩中、体の芯からポカポカ、ぽかぽか。夜中1回も目覚めることなく、翌朝まで手足の先までも暖かいままだったのです。

まさに、熱湯。正直これほどの保温効果を温泉で体感したことはほとんどありません。恐るべし酸ヶ湯の実力。体を冷やすと何かと悪いもの。強力な暖房や建物の断熱が無い昔の時代、この保温効果自体が貴重な温泉の効能だったことでしょう。

厳冬の青森酸ヶ湯温泉山の宿の朝食

古くから湯治場として愛され続けてきた酸ヶ湯。たった一晩を過ごしただけの観光客である僕でも感じることのできる、その力。

驚きの目覚めの後愉しむ朝風呂。冷えた浴場を白い湯けむりが覆い尽くし、にごり湯と湯気、全てが白い世界に心酔するひととき。

再び体の芯まで酸ヶ湯の温かさを補充したところで、朝食会場へ。こちらの朝食は多くの品が並ぶバイキングスタイル。自分好みのものをちょっとずつ選んで、席へとつきます。

貝焼き風の卵味噌や、根曲がり竹の煮物といった青森らしいメニューをメインに、青唐辛子味噌やいかわさびといった名脇役もをいくつか選択。どれもご飯にピッタリで、〆の納豆まで考えるとご飯のペースを考えなければ食べ過ぎてしまいます。

そしてジュースは、もちろんりんごジュース。昨日のホテルでも飲みましたが、青森産のりんごジュースって本当に美味しい。何というか、余分な味がせずりんごの味がするのです。

豪雪の酸ヶ湯温泉雪明かりの中味わうビール

美味しい朝食をたっぷりと食べ、部屋へと戻り贅沢な朝寝を。周りの部屋では、いそいそとスキー支度をする音や、チェックアウトしてゆく人々の声。そんな中での朝寝は、文字通りの夢見心地。連泊の贅沢を知ってはならない。知ってしまったからには、取り返しのつかぬことになってしまいます。

微睡も醒めたところで再びお湯へ。人の出払った千人風呂にはまだ日帰り客の姿も見えず、僕ひとりだけの貸切状態。本当に贅沢。宿とお湯を楽しみたいときには、連泊してこそだと思えてしまう。滞在中に入るこの時間帯のお風呂には、人を虜にする特別な成分が含まれているのでしょう。

そして湯上がりには、ちょっとしたうしろめたさを感じさせる、午前のビール。吹雪の中でも十分に明るい雪明かりに照らされたほの白い部屋で過ごす時間は、冬でしか味わえない、極上の時間。

豪雪の酸ヶ湯温泉津軽雲谷そば鬼面庵

心ゆくままにお風呂との往復を楽しみ、お腹が空いたところでお昼を食べに部屋を出ます。

朝食会場の真下、売店の奥に位置する『鬼面庵』で、おそばを食べることに。津軽のそばは初体験。どんなおそばが食べられるかと期待が膨らみます。

豪雪の酸ヶ湯温泉津軽雲谷そば鬼面庵独特な食感の山菜そば

席について間を置かず、注文した山菜そばが到着。初めての津軽のおそばとのご対面です。

津軽地方の伝統的なおそばは、つなぎに大豆が使われていることが多いそうですが、こちらではつなぎは使わずそば粉十割。ここから少し下に位置する雲谷(もや)地区で食べられていた製法のおそばだそう。

それにしても何故これほど早く運ばれて来たのか。それは、津軽のそばは「煮置き」と言って、茹でたあとしばらく置き熟成させているからだそう。すでに茹でてあるため、調理する時はさっと温めるだけでいいのです。

見た目からして、ちょっとふやけたような麺をひと口。なんだろう、初めての感覚に襲われます。ブチブチと箸で切れてしまう、柔らかいおそば。でも、東京の「伸びてしまった」ようなそばとは全く違う。

不思議な感覚を上手く表現することができないのですが、強いて言うならば、優しい美味しさ。柔らかいことが決して嫌な感じでは無く、口に含めばほろっとほどけてゆく独特の食感。

そばを食べるほとんどの人が美味しいと感じるポイントであるコシが全くない。それでも美味しい。この個性的な食感は津軽のおそばならではなのでしょう。伊勢うどんに共通するような不思議さを感じます。

だしは青森伝統の焼き干しから取られ、すっきりと甘味の無い、シンプルかつどストレートな旨さ。無駄なものはありません。上に載った根曲がり竹やふき、わらびやきのこといった山菜はどれも瑞々しい食感。

雪の積もるこの時期、もちろんこれらの食材は保存されたものでしょう。なのにこの食感はすごい。昔から山菜を使い続けてきた地だからこその、美味しさを保つ保存法があるのでしょう。もう東京で山菜の水煮なんて食べられない体になってしまいました。

豪雪の酸ヶ湯温泉昼下がりに楽しむ雪の十和田純米吟醸と津軽名物干し餅

素朴。その二文字がこの上なく似合うような雲谷そばを初めて口にし、優しいながらもその印象は強く刻まれました。

初めて青森を訪れてから数年。これまで何度か来る機会に恵まれ、その都度美味しいものをたくさん頂きました。そんな時に良く感じるのが、「素朴な美味しさ」という印象。青森の食べ物は、無駄な手を加えず素材を美味しく食べる智恵に溢れている、そんな感想をいつも持ちます。

そんな素朴な美味しさをもう一つ。売店で「干し餅」という郷土のお菓子を購入。お餅によもぎやしそ、かぼちゃなど色付けの野菜が練り込まれ、それをじっくりと乾燥させたというもの。硬めの干し餅を少しかじってよく噛めば、じんわりと口の中で溶けてゆき、程よい控えめな甘みが広がる。素朴で旨い。

しみじみと干し餅をかじりつつ、ちょっとだけ昼酒を。売店で見つけた、秋田は大館市の北鹿が造る「雪の十和田純米吟醸」。酸ヶ湯の更に上に流れる奥入瀬渓流と、その源となる十和田湖。まだ見ぬそれらの美しさに思いを馳せ、口当たりの良い味わいを楽しみます。

豪雪の酸ヶ湯温泉2日目夕食

飽きるほどに繰り返しても、飽きることの無いお湯と本。気が付けば2泊目も折り返しを過ぎて、夕食の時間に。今宵も食卓に美味しそうな品々が並びます。

先付は、柔らかい茄子とぷるんとした食感の豆腐が良く合う、焼き茄子豆腐。前菜は豆の食感が美味しいはぎしんじょうに、お酒に良く合うイカ真砂和え。そばいなりは油揚げの味付けがそばと良く合い、牛サガリスモークが和の中でアクセントとなっています。

お造りはまぐろと、歯ごたえが美味しい活蛸。さらし鯨と鯨ベーコンには酢味噌が添えられ、独特の弾力や詰まった旨味が地酒に良く合います。サラダは焼き鯖スモークがメインのオリーブオイルベースで、昨日に引き続きこれまた美味。焼いた鯖のスモークが持つ脂と香りがドレッシングに加わり、野菜を一層美味しくしてくれます。

蓋を取るのを忘れてしまった茶わんには、帆立ゆばまんじゅう。もれなく旨い青森の帆立とゆばの風味が優しくまとまった美味しさ。

豪雪の酸ヶ湯温泉県産牛ロース陶板焼き

陶板でいい音を立てているのは、県産の牛ロース陶板焼き。たれも添えられず、シンプルに塩とコショーだけで味付けされたこのひと品には、素材への自信があるからなのでしょう。

柔らかい中にもさくっと程よい歯ごたえのある牛肉に、甘味と旨味が詰まった脂が丁度良い載り具合。旅館の牛ステーキでこれほどシンプルに食べさせてくれるのは余りありません。青森は肉も魚も野菜も、なんでも美味しくしてしまう土地なのでしょう。

豪雪の酸ヶ湯温泉青森名物せんべい汁

そして今宵のお鍋は、すっかり有名になったせんべい汁。実は、自分で作る以外でせんべい汁を食べるのはこれが初めて。鶏やせりから出ただしをシンプルに味付けした薄口のだしを、しっかりと吸ってくれる小麦粉の堅焼きせんべい。初めはもちっと、後にはじゅわとろ。時間の経過と共に食感も変わり、食べていて美味しく楽しいひと品。

今夜も美味しい品々と共に地酒を1本愉しみ、ご飯とお味噌汁で〆ます。お湯良し、風情良し、そしてご飯良し。酸ヶ湯がもっと近ければ。そんな仕方のないことを思ってしまいます。

豪雪の酸ヶ湯温泉雪に点されるろうそく雪国の風情

酸ヶ湯での最後の夕食を終え、満足なお腹を抱えて部屋へと戻ります。途中の中庭では、週末だからなのか雪にろうそくが灯され、冬の夜に温かさを漏らしています。

酸ヶ湯夜のお供に関乃井酒造純米酒純

そして今宵も、ここからはお湯とお酒と本の時間。青森最後の供にと選んだのは、むつ市は関乃井酒造の、純米酒 純。昨夜に引き続き、青森のお酒のイメージをいい意味で塗り替えてくれる、甘さや酸味、辛さのバランスの取れた美味しいお酒。

静かに流れる、酸ヶ湯での夜。何故にこうも楽しく充実した時間は早く過ぎてしまうのだろうか。連泊してもあっという間で、何泊もしたくなってしまう。やることが限られているのに、退屈も無ければ、飽きもしない。それは、ここで過ごす時間が本当に意味のあるものだから。

いくらあっても足りない、秘湯で過ごす時間。その一瞬、一瞬を味わい、心の芯まで湯と雪の白さに染まってゆくのでした。

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深き白に染められて~厳冬の八甲田へ~

呼吸をするかのように冬の海に佇む海峡の女王青函連絡船八甲田丸
2015.2 青森

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