晩冬、早春、上悦泉。~銀嶺の懐へ 2日目 ②~

上越線浦佐駅

越後湯沢から白銀の世界に包まれた車窓を楽しむこと約30分、上越新幹線も停車する浦佐駅に到着。ここから予約制の送迎車に乗り換え、宿を目指します。

ちなみにこれから向かう栃尾又温泉の最寄駅は、本来ならば小出駅。宿の送迎を利用しない場合は、小出駅から『南越後観光バス』の栃尾又温泉行きに乗車することになるので、下車駅をお間違えなく。

栃尾又温泉自在館
浦佐駅から30分ほど、栃尾又温泉は『自在館』に到着。道路ももうこの先はないという、秘湯と呼ぶにふさわしいロケーション。積もる雪の量も、市街地のものとは比べものになりません。

栃尾又温泉自在館ロビーで旅人を出迎える囲炉裏と秘湯を守る会提灯
8年ぶりに訪れる自在館。ロビーへと入れば、当時と変わらぬ姿で囲炉裏と秘湯を守る会の提灯がお出迎え。到着した時点から、自在館時間ともいえるのんびり、ゆったりした時の流れに包まれるかのよう。

栃尾又温泉自在館コーヒーやお茶が自由に飲める囲炉裏のあるロビー
ここでお茶をいただきながらチェックイン。窓の外にはこんもりと雪が積もり、その白さがまばゆい光となって囲炉裏まで流れ込む。これから3泊、この雪景色を存分に愉しめるなんて。そう想像しただけで、心の何かが解れてゆきます。

栃尾又温泉自在館本館からの渡り廊下より望む大正棟
手続きを終え、早速自室へと向かいます。その途中、渡り廊下から見える渋い建物。ここがこれから3泊、僕をゆったりと包んでくれる大正棟。豪雪の地で100年耐えたという歴史が、その佇まいから滲み出ています。

栃尾又温泉自在館大正棟木造旅館らしい味わい深い廊下
その外観通り、一歩入れば時が止まったかのような味わいを見せる木の廊下。そうそう、これこれ。この雰囲気を味わいたく、8年前もここへやってきました。

ご覧のとおり、廊下と部屋を隔てるのは障子のみ。鍵は掛かりませんし、音もそれなりに聞こえます。でもそれがいい。もうすっかり僕は、秘湯や湯治場に染まりきってしまいました。

栃尾又温泉自在館大正棟客室12畳
以前宿泊した部屋ではなかったため、ドキドキしながら障子を開けます。するとそこには、ひとり旅にはもったいないほどの広いお部屋が。以前6畳間として使っていたものを、仕切りを外して12畳の部屋にしています。

奥にはすでに布団が敷かれ、好きな時にごろりとできるという贅沢。そして手前には、人間をダメにする憧れのこたつが。これから3泊、幸福は約束された。この瞬間、心の中でガッツポーズを決めるのでした。

栃尾又温泉共同浴場したの湯※この写真は2010年に撮影したものです。現在は撮影禁止となっています。

白熱灯の温かい灯りに包まれた、大正時代からの落ち着いた客室。もうその雰囲気だけですっかり気持ちは逆上せ気味。そこで早速、栃尾又といえばのぬる湯で落ち着くことに。

栃尾又温泉の大きな浴場は3つ。全てが共同浴場で、3軒の宿で共用しています。日替わりで男湯と女湯が入れ替わり、この日はしたの湯とうえの湯が男湯に。

その中でもこのしたの湯は、源泉の真上に位置するという源泉の新鮮さと風情ある佇まいで、まさに栃尾又の顔ともいえる浴場。長い階段を下っていくというロケーションも、気分を一層高めてくれます。

大きい浴槽には、36℃という体温と変わらぬ温度の源泉が掛け流し。寒い時期には、周囲にめぐらされたヒーターで若干加温しているとのこと。

しっかりと掛け湯をし体を温度に馴らしたところで、いざ入浴。最初はひんやりと感じますが、動かずじっとしていれば次第に体の奥から血行が良くなってゆくのを感じます。

アルカリ性のお湯は、肌へ違和感なくすっと馴染むような浴感。成分は単純放射能温泉で、お湯や湯気に多くのラドンを含んでいるそう。飲泉も可能なので、肌から口から呼吸からと、温泉の恵みをたっぷりと摂り入れることができます。

多くの人が浸かる浴槽。でも聞こえる音は、天井からの滴が落ちる音だけ。みんな身動きせずおしゃべりせず、じっと静かにお湯と向き合う。この雰囲気もまた、栃尾又の良きところ。生きている中でこんな瞬間など、こうして意識しなければ味わうことなどできません。

栃尾又温泉自在館ぬる湯でほぐれた後は冷たいビールを
体温と同じ源泉に身を任せ、不感温浴を愉しむこと1時間。加温された上がり湯もありますが、それも必要ないほどポカポカしてきたところで上がります。

静かな環境での湯浴みで、身も心もすっかり溶けてしまう。その余韻を味わいつつ飲むビールは格別の味。温かみのある大正の空気とほんのりとした酔いに身を委ねれば、もうなにがどうなってもいい!と思えるほどの穏やかな開放感に包まれます。

栃尾又温泉自在館貸切露天風呂うけづの湯
ぬる湯とこたつ、そして空気感にすっかり骨抜きにされ、何をするわけでもなくゴロゴロ怠惰を愉しむ時間。そんなことをしていると、予約していた貸切風呂へと向かう時間に。

自在館には3つの貸切風呂があり、こちらは宿泊者専用のもの。エレベーター前に台帳があるので、希望の時間に名前を書き、時間になったら吊るされたしゃもじを持ってお風呂へと向かうというスタイル。

今回予約したのは、うけづの湯。栃尾又で唯一の露天風呂で、眼下を流れる湯の沢川の対岸から湧き出た源泉が加温され掛け流されています。

肌を包む雪の冷気を感じつつ、温かい源泉に包まれる幸せ。四季折々露天風呂の良さはありますが、やはり雪見露天の良さは別格。この感覚を味わう度に、冬という季節が一層好きになってしまう。

栃尾又温泉自在館デトックス湯治コース1泊目夕食
僕にとってのひとつの理想を具現化したかのようなこの湯宿。もうすっかり骨抜きにされたところで、夕食の時間に。

今回は3つあるプランの中で一番食事のボリュームの少ない、デトックス湯治コースというプランを選びました。連泊しただただぐうたらしていると、意外とお腹は減らないもの。僕にとってはありがたいプランです。

テーブルにつくと、後から温かいものは持ってきてくれます。この日の献立はこの4品。手前は体に優しそうな2種の小鉢。長芋ときゅうりのごましょうゆ和えはさっぱりとしたなかに香るごまの香ばしさが美味しい。

ひじきの酢の物にはアボカド、ハム、玉ねぎが合わされ、これまで食べたことのない組み合わせ。シンプルながら丁度よく味付けされ、自分でもまねしてみたくなります。

奥のグラタンはホワイトソースがとても美味しく、まだ寒い季節に熱々が嬉しいひと品。隣の八宝菜は具材たっぷりで、手作りの美味しさを感じさせる家庭的な味わい。

派手さはないが、それぞれきちんとしっかり美味しいおかずたち。それらをつまみに、地元小出の緑川を飲むひととき。窓の外の夜闇に浮かぶ雪山を愛でれば、酒の味わいが一層深く感じられます。

そして〆はもちろん、魚沼産のこしひかりとかき玉汁。新潟に来る度に思うこと。それは同じ米という食品でも、なぜこうも味が違うのかということ。

もともと大粒で粘りの強いこしひかりですが、新潟で食べるものはその弾力と甘味が格段に違う。お米の品質も違うのでしょうが、これはやはり新潟の美味しい水で炊くからなのだろうと、東京都水道水ユーザーの僕は思ってしまうのです。

つやつやもちもち甘々のこしひかりをお腹一杯味わい、デザートのごまのブラマンジェまで平らげてもう大満足。所謂旅館料理とは違いますが、この美味しさと内容で、大正棟3連泊以上なら1泊8100円。本当にこの値段でいいのかと、心配になってしまいます。

栃尾又温泉自在館白熱灯の温かい灯りに照らされた大正棟の廊下
やっぱりこの宿にして良かった。前回泊まった時も思いましたが、このお宿はご飯が美味しい。変わって欲しくないところが変わらないこと、久々の再訪で一番心配な部分ですが、そのままでいてくれて本当によかった。

お湯よし、味よし、風情よし。ここに3泊もできる幸せと満腹感をかかえ、温かみのある廊下を歩いて部屋へと戻ります。

お福酒造お福正宗純米吟醸荒走り槽垂れ生原酒
雪に抱かれ佇む秘湯。静けさに包まれた夜にやることといえば、お湯を愉しむことと飲むことだけ。そんな時間にと選んだのは、長岡はお福酒造の、お福正宗純米吟醸荒走り槽垂れ生原酒。僕の心の琴線を震わす言葉の羅列に、買わざるを得ませんでした。

味の印象は、もうその名前の通りのひと言。濃くて、甘酸っぱくて、旨味やコクもあり、でも米っぽさの残るしっかりとした飲み口。酒処新潟らしい、個性豊かで味わい深いお酒。

栃尾又温泉自在館こたつで味わう旨い酒
最近では、旅に本すら持っていかなくなった僕。宿での過ごし方は敢えて何も設定せず、そのときの本能の赴くままに。そしてこれが僕にとっての今の正解。こたつで温もりながら味わう地酒は、五臓六腑だけでなく心の底まで浸透します。

ここを訪れたのが8年前。そのときはまだ急行きたぐにも走っていたっけ。そんなことをぼんやり想い、時の流れの速さを噛み締める夜。久々の栃尾又は、変わらぬ良さで僕を包み込んでくれるのでした。