青に抱かれ見果てぬ夢を。~ブルートレインで北へ 3日目 ①~

青森嶽温泉小島旅館高原での目覚め

鳥の声と障子から漏れる光で目覚める高原での朝。障子を開け放てば、清々しい景色が広がります。窓を開けて清涼な空気を吸い込み、頭をスッキリさせたところで朝風呂へ。

僕が一番乗りだったらしく、湯船に湛えられたお湯は湯の花が沈殿し、薄にごりになっていました。そっと体を沈めれば、落ち着いていた湯の花が一斉に舞い上がり、みるみるうちにまっ白なにごり湯に。この非常に細かい大量の湯の花、クセになります。

青森嶽温泉小島旅館朝食

この半日間で体中の毛穴という毛穴に硫黄の香りが入り込み、湯上りに何をしていても硫黄の香りが漂ってきます。電車バスでは周りの人に迷惑かもしれませんが、硫黄臭フェチの僕にとっては天国も同然。幸せ一杯です。

朝風呂で硫黄分を補給した後は、お待ち兼ねの朝食。塩辛い鮭や切干の煮物などの小鉢の他に、メインとなる貝焼き味噌が載っています。

こちらの貝焼き味噌はいたってシンプルで、具は豆腐とねぎだけ。本来家庭で食べる貝焼き味噌には帆立の身は入らないらしいので、これこそが貝焼き味噌の王道、といったところでしょうか。

火をつけた直後に卵を割り入れ、好みの具合になるまで休まずかき混ぜます。半熟のとろりとした一番良い状態で火を止め、熱々のご飯へ。もう言うことなし。

昨日の貝焼き味噌も美味しかったのですが、ここのはまた違った味わいでやっぱり美味。貝焼き味噌はお店や家庭ごとに、そこの味というものがあるのでしょう。シンプルだけども奥深い料理です。

弘南バスの車窓に広がる初夏の高原の風景

木の柔らかい肌触りと落ち着いた雰囲気が心地良いお風呂、そして数々の美味しい料理でもてなしてくれた小島旅館。『HP』に安くて旨い宿と謳っていましたが、実際嶽温泉の相場から考えると安いほうで、正直あまり料理に関しては期待していませんでした。

ところが山の幸、海の幸、津軽の郷土の味が揃い、味、ボリューム共に大満足。もしまた嶽温泉に来るなら、また泊まりたい。そう思える素朴で良いお宿に巡り会えました。

嶽温泉から弘前駅まで、『弘南バス』に揺られてのんびり走ります。今日、明日の行動範囲は弘南バスと弘南鉄道。そこでお得なきっぷ、『津軽フリーパス』を昨日のうちに弘前駅で買っておきました。

フリーエリア内が2日間乗り放題で2000円。フリーエリア自体は広く、弘南鉄道とバスだけの利用だと一見損してしまいそうですが、実際はこのバスだけでも片道1000円オーバー。この先の行程まで考えると、このフリーパスを利用したほうが断然お得です。

弘南バス車窓より望む雄大な津軽富士岩木山

延々と坂を下り続ける路線バス。右を見れば若葉が眩しい高原の風景、左を向けば雄々しい岩木山が。生憎の空模様ですが、この開放的な車窓に心は晴れ晴れします。

弘南鉄道弘南線弘前駅

弘前駅からはローカル私鉄である『弘南鉄道』弘南線に乗車。最近見なくなってきた元東急の非冷房の車両が2両編成でトコトコと走る、のんびりした雰囲気の地方鉄道です。

弘南鉄道ローカル線のんびりとした空気に包まれる車内

まだまだ植えたばかりという田んぼの中を、電車はゴトゴト走ります。この弘南鉄道、中々のツワモノ。

ローカル線なので大したスピードは出さないのですが、驚くほど前後上下左右に揺れ、体感速度は結構なもの。鉄道ってこんな揺れ方したっけ?と思わず首をひねってしまうような揺れ方で、生まれて初めて電車酔いしかけました。二日酔いで乗らなくて良かった・・・。

弘南鉄道黒石駅

非常に濃厚な中小私鉄の旅はあっという間に終わり、終点の黒石駅に到着。黒石にはいくつもの温泉があり、その方面へのバスが発着する玄関口。今宵の宿もそのひとつ。バスの時間までのんびり黒石散策へと繰り出します。

黒石こみせと立派な杉玉

黒石といえば、軒を連ねて雪でも歩きやすいように整備されたこみせ通り。藩政時代から続くという日本版アーケードを一目見ようと歩みを進めると、大きな杉玉と共に姿を現しました。

黒石江戸時代から続くこみせ通り

薄暗いこみせ内部から眺めるこみせ通り。道路こそアスファルト敷きになっていますが、道幅から並ぶ建物、この軒下まで、江戸時代からずっとこの姿を保っているのだそう。今まで味わったことの無い街並みに、いつしか心がタイムスリップしたかのような錯覚を覚えます。

黒石こみせ通り江戸時代から続く日本版アーケード

買い物に来たお客さんを、日差しや吹雪から守ろうと作られたこのこみせ。各商店が自分の敷地内にこれを作ったのだというからまた驚き。

自分たちの敷地を割いて、隣近所と協力して軒まで繋げて。今の「サービス」というものとは比べることのできない人に対する思いやりが、江戸時代から延々と今まで残されているのですね。

黒石つゆ焼きそばすずのや

味わい深い街並みをのんびり散策し、こみせが途切れたところに丁度つゆ焼きそば屋さんがあったので入ってみることに。この『すずのや』は、黒石つゆ焼きそばのルーツと言われるお店の味を食べて育ったご主人が、その味を再現しているというお店。

黒石つゆ焼きそばはもちろん知っていましたが、所謂B級グルメ括りがあまり好きでない僕にとって、それほど食べたいものではありませんでした。でも実際丁度良い場所にお店があり、丁度お昼時となると、やっぱり入ってみない訳にはいきません。麺好きの悲しい性です。

すずのやの黒石つゆ焼きそば

メニューは焼きそばとつゆ焼きそば、そのバリエーション数種類というシンプルなもの。ビール片手につゆ焼きそばの薀蓄を眺めていると、お待ち兼ねのつゆ焼きそばが運ばれてきました。

まず目に付くのはこの太い麺。ここ黒石では焼きそばといえばこの太麺だそうで、昔麺切りカッターが高かった時代に、うどんで使っていたカッターを流用したのが始まりだそう。

香りは、やっぱりつゆとソースの匂い。想像していた通り。そもそも焼きそばだけで美味しいのに、つゆを掛ける必要など無いと端から思っていた僕なので、半ば懐疑的な気持ちでスープをひと口。

すると、意外にもしょう油ベースの美味しいスープ。ほんのり溶け出したソースの風味も嫌な気はしません。

続いて麺を啜ってみると、こちらにはソースの味がしっかり付いています。でもつゆに浸かっている分、焼きそば特有の油っぽさや麺のべたつきもなく、するすると食べられてしまう。

そして食べ進めていくうちに、しょう油のつゆとソースの焼きそばが混ざり合い、味がグラデーションのように時間と共に変わってゆく。

気が付けば完食。ほんのりとしたソースの後味と共に、美味しいという感想が余韻として残っていました。焼きそば単体で食べたときのもたれ感も無く、つゆと一緒に食べることで生まれる満足感も味わえる。

素朴でいて個性的な、なんとも不思議なつゆ焼きそば。きっとこれを食べて育つと、普通の焼きそばでは物足りないのでしょう。記憶に残る、そんな初めての味との出会いでした。

黒石こみせ通り鳴海醸造店

想定外に美味しいつゆ焼きそばですっかりご機嫌になった僕。バスの時間まではまだ少々あるので、再びこみせ散策に戻ります。

さきほどのすずのやの斜向かいに建つ立派な建物が印象的な、造り酒屋の鳴海醸造店にお邪魔することに。中にはたくさんの種類のお酒が並べられ、試飲もさせてくれます。ここでいくつか試させてもらい、気に入ったひとつを今晩のお供に購入。

黒石こみせに感じる江戸藩政時代

その後こみせ通りの中心にあるお土産屋さんを覗き、その前にあるバス停でバスを待ちます。

ベンチに腰掛け佇むひととき。薄暗い軒下と明るい外の対比が何とも言えない雰囲気を醸し、周囲の歴史ある建物をより重厚なものにします。バスが来るまで、しばしの間江戸時代に想いを馳せてみるのでした。

弘南バスぬる川行き

程なくして、『弘南バス』ぬる川行きが到着。この路線も本数が少ないので、出かける際はあらかじめHPで時刻をチェックしておく必要があります。

虹の湖公園

小さなバスに揺られること約30分、今夜の宿の入口である虹の湖公園バス停に到着。宿の送迎バスまで1時間ほど時間があるので、公園内をのんびり散策することに。

浅瀬石川ダム虹の湖

この虹の湖は、浅瀬石川ダムによって造られた人造湖。完成してから20年以上もの歳月が経つのに、まだ水中に立つ木が葉を茂らせています。ダム湖の木=立ち枯れというイメージが強かったため、この光景には驚き。水面に洗われる緑は何とも不思議な眺めです。

虹の湖読書しながら青荷温泉送迎バスを待つ

バスが来るまでの間、湖のほとりに立つ東屋でしばしの読書タイム。風に揺れる木々の音と鳥の声をBGMにしながらの読書は、これまた気持ちの良いもの。

旅行に来て敢えて予定を詰め込まず、こういう空白の時間を愉しんでみる。以前なら考えられない行程の組み方ですが、最近ではこんな旅の仕方も身についてきました。

湖を渡る風を浴びながら待つ送迎バス。憧れ続けたあの宿との対面まであと少し。活字に目を走らせつつも、心はすでにランプに照らされているのでした。

青に抱かれ見果てぬ夢を~ブルートレインで北へ~
寝台特急北斗星ワイン片手にロイヤルで過ごす贅沢なひととき
2012.6 青森/北海道
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