GW 列島半分 ぐるり旅 ~願えば海路の日和あり 9・10日目 ⑦~

夜の高松駅

夜の静けさ漂う玉藻公園に別れを告げ、いよいよこの旅を終わらせる列車の発つ高松駅へ。本当にこれで終わりなんだ。旅の終着駅を目の当たりにし、感慨に少しだけ混じる寂しさを堪えることができません。

連絡船との結節点、ターミナルらしさを残す頭端式ホームの高松駅
改札を入れば、ここが終着駅であることを強く匂わせる頭端式ホームが。鉄路はここで終わり、貨客は連絡船に乗り換え本州を目指す。宇高連絡船時代から培った四国の玄関口としての残り香が、包む空気感にどことなく感じられるよう。


高松駅構内連絡船うどん
昭和の香りはこんなところからも。駅構内には、宇高連絡船のデッキで提供されていたといううどんを再現した立ち食いうどん屋、その名も『連絡船うどん』が。

高松駅構内連絡船うどんかき揚げうどん
漂うだしの香りに誘われ、僕も宇高航路の忘れ形見を味わうことに。って、なんてひどいピンボケなんだ。しょうゆ豆親鶏地酒ループの後遺症かな?

そんな酔っ払いにも優しい、宇高連絡船時代から伝わる味。だしは薄い色ながらしっかりと旨味が感じられ、濃くもなく薄くもなく、胃に染みわたるような穏やかな美味しさ。

麺は所謂さぬきうどんとは印象を異にしますが、小麦の風味を感じるもちっとしたこれまた優しい味わい。載せられたかき揚げは小海老だけを集めて揚げたのかと思うほど海老が入っており、その香ばしさが優しいだしにとてもよい香りを加えます。

高松駅の頭端式ホームの屋台で食べる連絡船うどん
幾多もの数えきれない旅客を迎え、そして送り出してきた高松駅。そのホームにぽつんと佇む屋台に座り、構内放送を聞きながら食べるうどんは昭和の趣そのもの。

30年前、宇高連絡船は姿を消した。僕は遂に、連絡船に乗ることができなかった。北を目指す船内ではイカ刺し定食や海峡ラーメンが名物とされ、この宇高連絡船では讃岐らしくうどんがみんなに愛された。

連絡船に乗るという夢は未来永劫叶わぬものとなってしまったが、駅でその残像に思いを馳せつつうどんを啜れるだけでもう充分。時代の波に呑まれ姿かたちを変えようとも、こうして人々の記憶に温かいものとして宿っていることを確かめられたのだから。

285系サンライズ瀬戸東京行き
行き交う人々の遺した忘れ形見に浸っていると、耳に届く東京行きの言葉。そうか、もうすぐサンライズが入線するのか。これで本当に、この旅の幕が下りてしまう。それが俄かに信じがたいほど、この旅は長かった。こうしていつまでも旅していられる、そんな幻想を抱いてしまうほどに。

285系サンライズ瀬戸号東京行き方向幕
淡い幻想を泡沫のように打ち消す、東京というこの二文字。でもなんだろう、この満足感は。この旅を終わらせる、そしてこの放浪を手放すという寂しさはありつつも、決して負の感情は浮かばない。こんな気持ちで帰路につくのは、初めてのこと。

さぬきうどん駅の文字が輝く高松の駅名標
きっとそれは、今回の旅が掛け値なしに充実し、手放しで楽しむことができたから。来たけりゃまた来ればいいじゃん。ついに僕は、旅を重ね続けてそう思えるまでになれたのかもしれない。

さようなら、うどん県。さぬきうどん駅の文字が輝く高松の駅名標に別れを告げ、車内へと乗り込みます。

285系サンライズ瀬戸シングルの扉が並ぶ廊下
サンライズ瀬戸は個室主体の編成。車両中央を貫く廊下は木目の温かい雰囲気に包まれ、個室のドアがずらりと並びます。その扉の数だけ、色とりどりの旅情がある。内装がきれいになった現代においても、夜行列車には他では得られぬ独特の感傷が染みついています。

285系サンライズ瀬戸シングル下段
今回予約したのは、B寝台一人用個室のシングル下段。ゴールデンウィーク最終日着の列車でよく取れたものだと、きっぷを手にしたときは本当に嬉しかった。

それから1ヶ月、その寝台券を使う時が。これまで首を長くして心待ちにしてきたのが嘘のように、今この瞬間を迎えているという不思議。楽しい時間とは、本当に速く過ぎてしまうもの。

285系サンライズ瀬戸シングル下段より眺める高松駅の流れるホーム
6年ぶりとなる、寝台列車で過ごす夜。ひさびさのその空気感に染まっていると、遠くから発車を知らせる声が。その刹那、ドアを閉めるエアーの音が微かに響き、列車は滑り出すように高松駅を発車。

思い残すことはあるまい。本当に良い旅だった。この旅を記憶へと変換するのを手伝うように、列車は東京へ向けて確実にスピードを上げてゆきます。

285系サンライズ瀬戸東京行きシングル下段室内で金陵千歳緑を
あとはもう列車に身を委ね帰京するのみ。前回の寝台列車が、愛するあけぼのと北斗星との最後の逢瀬だった。もしかしたら、今回もそうなってしまうかもしれない。万が一そうなっても悔いの残らないよう、存分に夜行列車の旅情を味わいます。

もちろんそれに欠かせないのが、旨い酒。こんぴらさんの門前にある金陵の郷で仕入れた、特別純米千歳緑を開けます。地元の酒米、オオセトで醸したというこのお酒は、辛口ながらすっと体に沁み込むようなすっきりとした美味しさ。

285系サンライズ瀬戸東京行きシングル下段電気を消して夜の香川の車窓を眺める
列車から漏れる灯りで、ぼんやりと照らされる車窓。その流れゆく漆黒を、ただひたすらに見つめるのみ。車輪の奏でるリズムは心地よく、旅の思い出を呼び起こすように刻んでは消え、刻んでは消えを繰り返す。暗闇と鉄路に響くリズムは、このまま僕をどこか遠い世界へと連れて行ってくれるのかもしれない。

285系サンライズ瀬戸東京行きシングル下段より見送る四国の光
列車の鼓動に無心に耳を傾けているといつしか走行音は変化し、本四備讃線へと繋がる高架橋へと差し掛かったことを教えてくれる。そして眺める、四国の光。サンライズは更に速度を上げ、その光は加速度的に遠ざかる。これでしばらく四国とはお別れ。ありがとう、また来る日まで。

285系サンライズ瀬戸東京行きシングル下段岡山駅と金陵濃藍
多島美を誇る瀬戸内も夜闇には打ち勝てず、列車は夜のしじまを破る轟音を瀬戸大橋に響かせるのみ。そんな鉄の共鳴すら愛おしく、轟音がやんだと思えばもう本州上陸。

高松を発って1時間足らず、岡山駅に到着。今日の午前中、僕は確かにここにいた。そう考えると見えてくる、明らかにおかしい時間軸。今回の旅は、いつもとは違った。辿った距離と巡った地域の数が、時間すら歪めてしまったのかもしれない。

揺らいだ時間感覚に軽い眩暈を感じつつぼんやりしていると、列車を伝うちょっとした衝動。サンライズ瀬戸はここで出雲市から走ってきた出雲号を仲間に加え、一路東京へと向け疾走を始めます。

さて、残る時間はあと少し。最後の余韻に浸るべく、金陵の郷で買った純米吟醸濃藍を味わいます。ふんわりと広がる香りと、優しいお米の甘味。金陵は好きな銘柄ですが、こんなにバリエーションがあるなんて。香川のお酒、恐るべし。

285系サンライズ瀬戸東京行きシングル下段から望む三角形の大山
旅の余韻と酒に酔いしれていると、気が付けば深い眠りへと落ちていました。すっかり明けた空に起こされ外を見れば、そこには見慣れた三角形が。

あ、大山だ。こんぴらさんと同じく船乗りたちの信仰を集めるその姿に見とれたのも束の間、残された時間に気づき慌てて身支度開始。急いで着替え、6年ぶりに車上で歯磨き。やっぱり夜行はいい。この朝の時間こそが、一晩掛けて列島を駆け抜けたという実感そのもの。

285系サンライズ瀬戸東京行きシングル下段残り少ない時間を寝台でゴロゴロしつつ青空を見上げる
歯磨きを終える頃には藤沢を通過し、もうすっかり日常圏内へ。それでもこうして寝台でごろごろしつつ青空を見上げれば、まだ心にふんわりと感じる非日常感。

点と点を結ぶ空路とは違い、陸路海路は線での移動。旅先と地元を結ぶグラデーションを感じられるからこそ、思い出の詰まった旅先と帰京後も繋がっていられるのです。

285系サンライズ瀬戸東京行きシングル下段から眺める東京駅赤レンガ駅舎
車窓を占める建物の割合が増え、高いビル群の足元を縫うようにして走るサンライズ。まだ静かな東京の繁華街を抜け、ついに赤レンガの駅舎が姿を現しました。

社会人になって初めてのゴールデンウィーク、そして日本半周もこれにて終了。久々に目にした東京駅の姿に懐かしさすら感じ、これまでにない心境に我ながら驚きを隠せません。

東京駅に到着した285系サンライズ出雲・瀬戸号
東京を発ち、愛知、宮城、北海道、京都、兵庫、岡山、香川と巡った、今回の旅。改めてこうして書き出してみると、自分でもどうかしていると思うような行程。でも確かにこれらを結ぶ旅路が、そこには存在していた。

十数年間くすぶり続けてきた船旅への欲求から始まった、今回の壮大な旅。大海原の懐の深さに心酔し、風光明媚な各地の景色や味に触れ、そして繋がるレールに想いを託し。

長かった。そして、深かった。こんな素晴らしい旅に出会うことなど、人生の中でもそうあることではない。自然とそう思えてしまうほど、この旅は完璧だった。

人間の持つ移動の欲求が生み出した交通は、姿や形が違えど未だに連綿として結ばれ続けている。そこに詰まった情というものは、辿ってみなければ分からない。それはまるでレコードに刻まれた音のように、触れて初めて心に響くものだから。

清々しい気持ちで立つ、東京駅。僕が旅程を作ったはずが、いつのまにか旅が僕を作り変えてくれた。この充実感は、死ぬまで忘れられそうにもない。だからこそ、また新しい感動を求めて旅へと出る。この趣味がいつまでも続けられるようにと、強く強く願うのでした。