湯けむりへの轍 ~乗合自動車、みちのくへ。2日目 ③~

秋の朝盛岡の寺町通り

石割桜の力強さに別れを告げ、岩手医科大学の古きよき建物を見ながら先へと進みます。この寺町通りはその名の通りお寺や石材店が並び、風情ある街並みが続きます。

岩手地名の発祥の地盛岡三ツ石神社
その寺町通りから一本裏の道へと入ると、ぽつんと小さなお社が鎮座。こここそが、岩手という地名の発祥となった場所。

鬼の手形が押されたとされる三ツ石様
鳥居をくぐるとまず目に入るのが、この大きな岩。角度の関係で2つしか写っていませんが、実際は巨岩が3つ並んでいます。

昔々、ここ盛岡の地に鬼が住み付き悪さを繰り返していました。困った村人たちはこの三ツ石様にお願いをし、鬼はこの岩に括りつけられたのだそう。

縛られた鬼は降参し、もう二度とここへはやって来ないと約束。その証として、この岩に手形を押しました。岩に手形、だから岩手。県名にはこんな由来があるのです。

盛岡の異称である不来方は、鬼がもうここへは来ませんといったことから付いた地名。鬼の退散を喜び、村人が三ツ石様を囲んで踊ったのが、東北を代表するお祭りのひとつであるさんさ踊りとなりました。

盛岡の秋空を飛ぶ渡り鳥の編隊
静けさに包まれた三ツ石神社で触れた、岩手、盛岡の起源。もう何度目になるだろうか。またこうして岩手へとやって来られたという幸せを噛みしめ、のんびりと歩きます。

ふと見上げれば、美しい編隊を組みつつ飛びゆく渡り鳥。これはマガンの群れなのでしょうか。昔話の挿絵から飛び出してきたかのような姿に、得も言われぬ郷愁を覚えます。

そしてもうひとつ思い出すことが。そう、はつかり号のヘッドマーク。ここ盛岡から、幾度となく僕を函館へと誘ってくれたL特急はつかり。もうその記憶も、遠い過去。

盛岡名物じゃじゃ麺白龍分店
秋という季節とはつかりの想い出に、少しだけ感じるふんわりとした切なさ。それは決して不快なものではなく、むしろ温かい感情。

そんな気持ちにさせてくれる盛岡さんぽの〆にと、大好物であるあの盛岡名物を味わうことに。訪れたのは『白龍(パイロン)分店』。平日は朝の9時から開いているので、夜行で来た観光客にはありがたい。

盛岡じゃじゃ麺の元祖白龍で味わうベアレンクラシック朝ビール
この旅初の岩手グルメを待つあいだ、盛岡の地ビールであるベアレンクラシックで旅の始まりをひとり乾杯。

強すぎない炭酸と、きれいな黄金色。地ビールらしく味わいやコクは深いのですが、嫌らしい香りのない飲みやすさ。気を付けないとおかわり!となってしまいそう。

盛岡名物じゃじゃ麺発祥の店白龍
朝という時間がいい酒のアテとなり、ほんのり感じる程よい酔い。夜行ならではの心地よい倦怠感を楽しみつつ待っていると、ついに訪れたじゃじゃ麺との再会の瞬間。

盛岡へとやってくるたびに、僕を嬉しい悩みの世界へと誘う魅惑のじゃじゃ麺。冷麺を食べるかこれを食べるかで、毎度のことながら激しく悩むのです。

じゃじゃ麺を食べる!と決心した後も、ではどこのお店で食べるのか?とまたまたぐるぐる悩んでしまう。それほどお店によって味が違う、個性的な麺料理。

ここ白龍は、盛岡名物じゃじゃ麺の発祥の店。初代が戦前満州で食べたジャージャー麺を元に、地元の人の口に合うようにと改良したのが始まりだそう。

屋台から始まり、60年以上もの歴史を持つじゃじゃ麺。ラー油やにんにくといった調味料を自分好みに加え、思いっきり混ぜてさっそくひと口。

やっぱり、やっぱり美味しい。何度食べても美味しい。いや、食べる毎にさらに美味しく感じてしまう。このじゃじゃ麺の地味ながら中毒性のある旨さは、一体何なのでしょうか。

麺はもちもちとした細うどん。茹で上げてそのまま盛り付けるので、つるつるではなく、もたっとした食感。

その小麦らしさを感じさせる麺に絡むのが、独特な肉味噌。甘ったるさのないすっきりとした、それでいて肉や味噌の旨味をしっかりと感じさせる濃厚なコクが印象的。

茹で上げそのままの麺の澱粉質が、この肉味噌や調味料をより一層絡め取る。この独特な食感は好き嫌いが分かれるかもしれませんが、僕は強烈に好き。

お店ごとに違う旨さを持つじゃじゃ麺。一気に平らげたいという欲望をグッとこらえ、麺と味噌をちょっとだけ残して生卵を割り入れます。

その器をカウンターに載せれば、自動的に熱々の茹で汁が注がれ〆のちいたんたんが完成。濃いめの麺の後に沁みる素朴な卵スープ。熱い熱いと飲み干せば、もう次回を望んでしまう。やっぱり僕は、じゃじゃ麺が好き。

秋の青空に映える北上川と岩手山
もうこのブログで何度も登場しているじゃじゃ麺。盛岡名物というハードルがある分、それほどでも無かったという観光客の声もちらほら。

実際僕も、初めて食べたときはあれ?こんな感じ?と戸惑ったことを思い出します。でもそれはじゃじゃ麺の甘い罠。逢瀬を重ねる毎に、旨く感じていくのです。

お店によって特徴の違う肉味噌。その日の気分で分量が変わる、自分で加える調味料。固定された個性でないからこそ、何度食べても新鮮味がある。それでいて感じさせる、素朴さと温かみ。

ダメだ、この記事を書いているだけでもう食べたくなってしまう。じゃじゃ麺の中毒性は本物らしく、9時という時間ながら地元の方が続々と入店。このことこそが、人々に愛されてきたという歴史を物語ります。

6時前に到着した盛岡。歩いて、歩いて、歩いて、食べて。そんな贅沢な時間もあっという間に過ぎ、大好きな街を離れなければならない時間に。

着いた時には姿を隠していた岩手山も、秋晴れの空の青さを映す北上川の背後から、しっかりと顔を見せてくれました。

盛岡の街と駅を隔てる北上川。二度泣き橋の別名を持つ開運橋からこの美しさを眺めれば、自ずとその異名通りになってしまいそう。

でも大丈夫。もう何度も何度も、こうして盛岡を訪れることができている。その事実を心の拠りどころとし、この街を一旦離れる決心をするのでした。