鳴子御殿湯から錦のような稲穂を愛でつつ歩くこと約5分、東鳴子温泉郷の『高友旅館』に到着。3年前の夏に立ち寄って以来、ずっと泊まってみたいと思い続けていた宿。
記憶のままの渋い佇まいにわくわくしながらチェックイン。これまた鄙びた館内の雰囲気に早くもやられつつ、部屋へと通されます。
ここがこれから二晩過ごす、僕の場所。古いながらもきれいにされた和室は、失礼ながら外観から受ける印象よりもとても快適。
早速浴衣に着替え、宿泊を動機付けたあの個性的なお湯へと逢いに行きます。そのお湯というのが、高友旅館の名物である黒湯。
黒湯と言っても墨のような黒さではなく、琥珀色、カーキ色と表現した方が近いような色合い。その色よりも更に個性的なのが、入った瞬間鼻を衝く独特な香り。
油、ゴム、タイヤ、コールタール・・・。ネットでは様々な喩を見かけますが、まさにその通りの香り。といってもどれかがドンピシャという訳ではなく、色々な匂いが混じりあった複雑なもの。
渋い、苦い、香ばしい、石油、硫黄・・・。そうだ、この香りは今はなき秋元温泉やニセコヒラフのJファーストのような系統だ。どうやら僕は、この手の温泉がとても好きなようです。
圧倒的な芳香に覆われつつ、いざ入浴。ボコボコとパイプから溢れるお湯は大半が捨てられ、浴槽内は絶妙な適温に保たれています。
含硫黄‐ナトリウム‐炭酸水素塩泉のお湯は、美肌効果があるのか湯上がりすべすべに。そして何より驚いたのが、胃腸へのてきめんな効果。
実はここ1年ほど胃腸の調子が芳しくなく、逆流性なんちゃらっぽいなぁ、と感じていました。ところがこのお湯に浸かること2泊3日、すっかり回復してしまったのです。
適温ながら体の芯に押し寄せるような力を感じるお湯。長湯はせず短時間の入浴をこまめに繰り返しました。そしてその効果を実感し始めたのは、なんとその日の夕食前。
昼食にマルカンコンボを平らげ、宿に到着した16時過ぎはまだ満腹状態。ですがこの温泉に入りしばらくすると、自然と空腹を感じてきました。
その後2泊3日の間、毎食訪れる心地よい空腹感。これってどれくらいぶりのことだろうか。そして消え去ってゆく、胃や食道への不快感。
飲泉もせずただただ浸かるだけ。それなのにこれほど効能というものを実感したのは、初めてのこと。このときの僕の状態に、ピッタリとお湯が合ってくれたのでしょう。
そんな強烈な黒湯の隣には、また違う源泉が使われている浴槽が。プール風呂と名付けられた深い浴槽には、はまぐりの出汁のような色をしたお湯が掛け流されています。
こちらの源泉にはカルシウムが含まれているようで、浴槽周りのこれでもかという析出物が印象的。ですが浴感はさっぱりとし、こちらの方が入りやすいといった印象。
3年前の印象通りの、濃く力強い個性的なお湯。早くも来てよかった感に包まれつつ飲むビールは、その旨さも一入。窓から見える渋い母屋が、湯上がりの時間を一層心地良いものにしてくれます。
穏やかな時の流れに身を委ね、気が向いたところで再びお風呂へ。今度はまだ入ったことのない男女別の内湯へと向かいます。
こちらの源泉は先ほどとはまた違ったもので、女性用はラムネ風呂、男性用はひょうたん風呂と名付けられています。
その名の通り、浴槽に身を沈めて静かにしていると、体を包むたっぷりの気泡。色や香りは黒湯に似ていますが、浴感はこちらの方が穏やか。ですが炭酸ガスが入っている分温まり方も良く、長湯厳禁なのは変わりません。
コンクリートと石、木で造られた小さな湯屋。ひたすら静かな空間で味わう、肌を伝う気泡の感触。黒湯もいいが、これもいい。一発でお気に入りとなってしまいました。
濃厚なお湯の効能を早速感じ、程よい空腹感を覚えたところで夕食の時間に。テーブルにはこれぞ山の湯宿と言った品々が並びます。
前菜にはわらびやむかごといった山の幸が並び、これだけでも日本酒がすすんでしまいそう。焼かれた岩魚には甘めの味噌が載り、ホクホクとした身が一層ふくよかな味わいに。
そして印象的だったのが、コンロでぐつぐつ煮える芋煮。これまで芋煮は山形の牛肉、しょう油味のものしか食べたことがなかったので、宮城の豚肉、味噌ベースのものは初めて。
やっぱり東北の芋煮は旨い。自分でも家で試してみるのですが、どうしても素朴でありながら食べ続けたくなるようなあの旨さが出ないのです。
ホクホクねっとりの芋煮に地酒を楽しみ、〆にご飯を。そう思いおひつを開けると、この日は栗ご飯が入っていました。
もちもちとしたご飯は若干甘めの味付け。栗の風味も加わり、お腹一杯だというのに全部平らげました。
美味しいご飯で一杯になったお腹を落ち着け、あとはもうお酒とお湯だけの時間。そんな夜に選んだのは、加美町は山和酒造の造るわしが國特別純米、酒一筋。
時を経た木の艶めきを愛でつつ浴場へ向かい、強烈な個性に身を任せて部屋へと戻る。そして味わう、飲みやすくもお米の味わいを感じる旨い酒。
やっぱり僕の第一印象は正解だった。宿の持つ空気感と、お湯の持つ得も言われぬ力強さ。そのパワーを全身に受けつつ、東鳴子での夜を愉しむのでした。
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