北東北 夏巡り ~漲る灯り、地の滾り。 8日目 ④~

盛岡紺屋町番屋

盛岡八幡宮に初めてのご挨拶を終え、駅方向を目指して歩きます。もう何度も訪れた盛岡の街。見たい景色をその時の気分で選び、地図も見ずふらふらと歩く楽しさを噛みしめます。

優美な姿の岩手県公会堂
100年以上も前に建てられたという紺屋町番屋の姿を眺め、岩手県公会堂へ。重厚かつ優美なこの建物は90年以上前に岩手県の県議会議事堂として建てられたもの。初期の鉄筋コンクリート造がもつ独特の機能美に、眺めるたびに見とれてしまう。

側面にも車寄せが設けられた岩手県公会堂
印象的な塔屋が目を引く正面もさることながら、規則正しい美しさをもつ側面もまた味わい深い。正面のみならずこちらにも車寄せが設けられていることが、この建物の担ってきた重要性を教えてくれるよう。

岩手県公会堂大ホール入口
そして今回、初めて回ってみた裏側。こちらは大ホールの入口として使われているようで、いくつも並ぶ扉が催事開催時の賑わいを思わせます。

いったいこれまでどれほどの人々が、この扉をくぐったことだろう。そういえば、僕も子供のころ映画を見るのは市役所横の公会堂だった。公会堂という言葉の持つ温かみを、この歴史ある重厚な建物を目の当たりにし久々に噛みしめます。

機能美を持つ岩手医科大学旧館
続いては岩手医科大学の旧館へ。大通りに面したそれは、シンプルながら建物をただの箱とはしないという美意識が滲み出るかのよう。こちらは公会堂よりも1年早く建てられたそうで、やはり同じく鉄筋コンクリート造。盛岡という街が、当時からいかに栄えていたかということが窺えます。

赤い瓦屋根が印象的な盛岡佐藤写真館
盛岡の街を歩くと、なぜか目に付く古い写真館。初めて盛岡街歩きをしたときにも感じた文化的な香りは、点在する重厚な建物とともに、こんなところからも醸し出されているのかもしれない。

特徴的な外観を持つ盛岡ライト写真館
赤い瓦屋根が印象的な先ほどの佐藤写真館の向かいには、こちらも独特な外観を持つライト写真館が。どちらも昭和初期の建築のようで、当時の盛岡にモダンな風が満ちていたことが伝わるよう。

二度泣き橋の異名を持つ盛岡開運橋
いつも以上に盛岡の空気に満たされたところで、この開運橋を渡り旅の終わりを迎えることに。二度泣き橋の異名を持つ、開運橋。これは転勤族から生まれたようで、転入時は遠くまで来てしまったものだと泣き、転出時にはこの地を離れたくないと泣いたのだそう。

帰り際に眺める盛岡駅
僕もこの開運橋に何度泣かされたことか。帰りたくない。そんな未練を北上川に流し、ついに盛岡駅まで戻ってきてました。

もう数年前からうっすら気づいていた、自分の気持ち。いつかは、盛岡。もうこうなれば、宣言してしまえ。僕は死ぬまでに一度は盛岡に住む。言葉に記せば、実現できそうな気がする。なんだかそう思ったら、幾分か気が楽になったかもしれない。

盛岡駅ビルフェザン内回転鮨清次郎
僕の夢を盛岡の街に残し、駅舎内へと入ります。まだ少し早い時刻ではありますが、新幹線に乗る前に最後の東北の味で締めくくることに。今回は駅ビルフェザン内にある『回転鮨清次郎』で、旨い魚を味わいます。

三陸をはじめとする東北の魚介が目を引くメニュー。その中から自分好みのものを厳選し、地酒とともにお寿司の美味しさを噛みしめるひと時。白身や貝、すじこなど結構たっぷり食べた中で、特に印象に残ったのが蝦夷石陰貝。初めて目にする名に、貝好きとしては注文せずにはいられません。

出てきたお寿司を見てみれば、ほんのりとクリーム色をした艶々の身。あ、これ間違いなく美味しいやつ。食べる前からそう確信。そして一口でパクリ。強すぎず弱すぎずの歯ごたえの後に広がる、適度な磯の香りと旨味、甘味。期待をはるかに超える旨さに、一人悶絶してしまいそう。

盛岡駅に飾られたラグビー姿のわんこきょうだい
美味しいお寿司をたらふく味わい、満たされた気持ちで新幹線の改札へ。するとそこには、ラグビーのユニフォームを着たわんこきょうだいが。頭に何も入っていないので誰っちかわかりませんが、今回も楽しい旅をありがとうね、わんこきょうだい!

盛岡駅新幹線コンコースに鎮座する南部鉄器の大鉄瓶
そのすぐそばには、岩手の誇る名産品である南部鉄器の大鉄瓶がドスンと鎮座。盛岡から帰京するときは、必ずこの鉄瓶にご挨拶することが僕の中での決まり事。家に帰っても南部鉄器に囲まれて暮らせるという幸せ。だから東京に戻っても、寂しくない。

夕空の盛岡駅に入線するH5系はやぶさ号東京行き
夕暮れの気配を感じさせる空の下、入線するH5系のはやぶさ号。蝦夷から津軽を越えて南部までやってきた列車は、この先いくつもの国を越えて僕を武蔵へと連れてゆきます。

廣田酒造店廣㐂純米酒わんこきょうだいワンカップ
旧来の新幹線とは明らかに違う加速度で、盛岡に別れを告げるはやぶさ号。気づけば車窓には夕刻の田園が広がり、流れるその長閑な姿にこの旅の記憶を重ねます。

僕にとって移動とは、旅の記憶を思い出として消化し、昇華させる大切な時間。速さやスタイルは変われど、交通の持つ不思議な力は、いつも僕に泡沫の夢を見させてくれる。

超速で去り行く車窓を眺めつつ、ワンカップ片手に旅情に浸るひととき。わんこきょうだいの描かれたカップに満たされるのは、紫波は廣田酒造店の廣㐂純米酒。純米らしい飲みごたえと心地よい風味が、じんわりと心身の芯まで沁みてきます。

北の大地が描かれたH5系
太宰治の生家で何かを感じ、ねぷたの情熱に灼かれ、玉川の湯で生命力に気づかされた今回の旅。自分で組んだ行程ながら、なんだか今回は全てのタイミングが合いすぎた。旅立ち前とは明らかに違う気持ちを手にし、東京駅のホームへと降り立ちます。

そして今回はっきりと分かったこと。やっぱり僕は東北が好き。いつかは絶対に引っ越してやる。そのために、今は東京で頑張るべき時。憧れから、具現化へ。今すぐ何かを起こそうとして焦る必要はない。大きな気持ちの変化は、きっと新しい何かを連れてくるはず。そのことを信じ、驚くほど清々しい気持ちになれました。

やぁーやどぉー!に幕を開け、さっこらちょいわやっせーで締めた今回の北東北夏の旅。さっこらとは、幸を呼べば来るという意味だそう。つまり、呼ばなきゃ来ない。ということは、呼べばいいんだ。7度目の東北の夏に触れ、僕の心は久しぶりに熱を取り戻すのでした。