北東北 夏巡り ~漲る灯り、地の滾り。1・2日目 ③~

金木の太宰治記念館斜陽館

太宰治の好物であったという筋子納豆を味わい、津軽三味線の滾る熱さにほだされたところで、いよいよ太宰治の生家である『斜陽館』へ。外観からしてすでに圧倒される、その立派さ。いかにこの家が裕福であったかがひしひしと伝わります。

金木太宰治記念館斜陽館土間に面していくつも並ぶ和室
玄関から中へと入れば、長い土間に面しいくつも和室が並びます。木材には青森のひばがふんだんに使われているそうで、建築から110年以上経た今、その歴史を物語るかのように鈍く渋い輝きを放ちます。

金木太宰治記念館斜陽館土間から和室越しに中庭を望む
部屋一つ一つに施される、豪華な内装。豪奢な建具に、透かし彫りの施された欄間。これが個人宅であったということが俄かには信じられないほど。

金木太宰治記念館斜陽館吹き抜けとなっている板の間
そのまま土間を進むと、奥には開放感ある吹き抜けが目を引く板の間が。立派な梁や美しく磨き上げられた床からは、使われた木材の良質さが伝わるよう。

金木太宰治記念館斜陽館板の間から座敷を望む
その板の間から望む、奥まで続く座敷。あぁ、こんな環境の中でごはんを少量ずつ口に運び、押し込み、黙々と食べていたのか・・・。以前読んだ本の強烈なワンシーンが、自動的に脳内で映像化されてゆきます。

金木太宰治記念館斜陽館太宰治誕生の部屋
板の間の奥に続く文書蔵で様々な展示物に触れ、続いて訪れたのは太宰治誕生の部屋。ここで生まれたときは、まさかあのような結末が待っているなど誰も思っていなかったに違いない。人間の運命なんて、そんな儚いものなのかもしれません。

金木太宰治記念館斜陽館庭に面した長い長い廊下
三鷹、桜桃忌・・・。僕が太宰治の小説を初めて読んだのは小学生の時、走れメロスでした。それ以降、本当に一度も他の作品を読んだことがありませんでした。きっとそれは、自分にとって読んだらいけないということを何となく本能的に察知していたからなのかもしれない。

金木太宰治記念館斜陽館贅沢な造りの座敷
でも数年前、ついにやってしまったのです。ねぷた旅の最中に、人間失格を読んでしまった・・・。何で自分の内側を知っている人がいるんだろうか。ファンの方にしてはありきたりな感想でしょうが、自分の闇の部分を見透かされたようで、強烈な衝撃を受けてしまいました。

太宰治生家太宰治記念館斜陽館座敷から望む立派な庭
それ以降、自分が同じ末路を辿りそうで、しばらく強い自己嫌悪に陥りました。抑えているものの、どことなく自分にも破滅的な部分があるということを、思い切り自覚させられたのです。

金木太宰治記念館斜陽館立派な店部分
でもその後数年を掛け、他の作品も少し読んでみてだいぶイメージが変わりました。そして今回の旅の途中、もう一度人間失格を読んでみることに決めたのです。そして感じた、前回との違い。どうやら僕は、一番辛い時期から脱出できたようだ。強く共感はするものの、同じ結末は想像できなくなっていました。

金木太宰治記念館斜陽館2階へと上がる重厚な階段
もう一度読んでみよう。そう思わせてくれたのも、この斜陽館を訪れたからかもしれない。なんとなく、タイミングがふっと合った。このとき、そんな気がしたのです。

金木太宰治記念館斜陽館2階に広がる津軽の青空
重厚な階段を上り2階へと進めば、長く取られた窓いっぱいに広がる津軽の青空。周りの建物は変われど、この夏空はきっと当時と変わらないはず。この景色に触れ、太宰治を少しだけ身近に感じられたような気がします。

金木太宰治記念館斜陽館2階の豪華な洋間
重厚な和室の並ぶ1階とは雰囲気を異にする2階。洋の雰囲気漂う廊下や豪華な調度品の置かれた洋間に、明治時代にこれを建ててしまうという想像を絶するような財力を感じます。

金木太宰治記念館斜陽館2階から眺める立派な庭とレンガ造りの高い塀
2階から望む立派な庭園。その周囲には、農民一揆に備え作られたという煉瓦の高い塀が。太宰治は、一体どのような気持ちでこの光景を眺めていたのだろうか。周りから見れば、贅沢な悩みを持つボンボン。でもきっと、本人の内部は違ったのではないだろうか。

「この人はさぁ、深く考えすぎなんだよ~。ったく、だから自殺なんかしちゃうんだよ。私にはさっぱり分からないね。」

ふと耳に届く、こんな会話。そうだよね。きっとそんな感想を持つことが、生き物である人間として健全なのかもしれない。でもね、それを望んでもできない人がいるんだよ。それも、結構な割合で。だからこそ、未だに太宰治が多くの人々に支持され続けているのでしょう。

記事を公開するブログなのに、なんだかいつも以上に自分語りが多くなりすぎてしまった。でもいいや、このまま公開してしまえ。結論から言えば、僕はこの旅の前後でがらりと物事に対する感じ方が変わってしまったのです。

自分が抱え続けてきた閉塞感や不道徳、それに悩む葛藤・・・。でもこれって、自分だけじゃなかったんだ。同じことを隠し持つ仲間がたくさんいるんだ。自分が特別「変」ではないということを気付かせてくれた、斜陽館。このタイミングで訪れて本当に良かった。ベタだけれど、価値観が変わる瞬間をこの地で迎えたのでした。