富士の育む豊かな水の表情に触れ、そろそろこの旅も終わりの時間。白糸の滝観光案内所前バス停より、『富士急静岡バス』の富士宮駅行きに乗り込みます。
ひたすら続く坂道を、延々と下ってゆくバス。富士山の大きさを改めて実感しつつ揺られること30分、再び富士宮駅へと戻ってきました。
おとといは甲府から下部温泉へ、そして今日はそこから富士宮へ。こうして紡いできた身延線の旅も、これが最後の一本。すっかり愛着を感じるようになった313系に乗り込み、終点の富士を目指します。
本来なら、きっと今の時期は秋晴れが続いているはず。今年は猛暑が去ったと思ったら、なんだかぐずつきがちだな。そんな風に今日の富士山を諦めていると、旅の最後の想い出にと言わんばかりにうっすらと、ほんの少しだけれどその姿を見せてくれた。
やっぱり富士山は、特別だ。別れ際の粋な計らいに嬉しさを噛みしめつつ、富士で東海道線に乗り換えて沼津へ。ここで一旦途中下車し、この旅最後の宴を愉しむことに。
大きな改札口とは反対側のこじんまりとした北口、その目の前に建つビルの1階にお目当てのお店が。駿河の海の幸と地酒を味わえる、『沼津海いち』へとお邪魔します。
冷たいビールで渇きを潤していると、ほどなくして運ばれてきた青鯛のお造り。きれいな色をした白身は、しっとりもっちりとした食感。噛めば白身ならではの上品かつ深い旨味が溢れ、その味わいの濃さに驚いてしまう。
はじめての青鯛の旨さに、さっそく静岡の地酒に切り替え。駿河の恵みに舌鼓を打っていると、続いて大好物の鯵を使った2品が。
カラッとサクッと揚げられたアジフライは、肉厚でほっくほく。タルタルやソースもいいが、旨いアジフライはしょう油が合う。ぱりぱりの骨せんべいは、その見た目通りの香ばしさ。ほんのりとした塩味が、また一枚、もう一枚とやみつきに。
アジフライを熱々のうちに平らげ、骨せんべいをつまみつつ追加したのはまぐろの酒盗。いわゆるまぐろの内臓の塩辛なのですが、驚くほど臭みがない。こりゃぁ、酒を盗んででも飲みたくなるわな。その名に恥じぬ呑兵衛殺しの味わいに、駿河の酒をおかわりしてしまいます。
海の幸続きだったので、ちょっとは山のものもと頼んだ焼き原木しいたけ。大ぶりのしいたけをぽん酢にちょんとつけて噛みしめれば、厚みのある滋味がぶわっと溢れ出る。うん、これは豊かだ、豊かな味わいがするよこれは。
あとはもう、三島から新幹線に乗って帰るだけ。時間は十分にあるので、さらなるつまみにと真鯛かぶと塩焼きを。
こんがりきつね色、見るからに旨そうに焼かれたかぶと。まずは熱いうちにと目玉から。つるりとしたコラーゲン感の後に広がる、確かな旨味。臭みは全くなく、新鮮なのが伝わってくる。
入り組んだ骨のまわりに付いた身は、よく動かす部位だからかほくほくとし締まりのある食感。根気よく身を外し頬張れば、口中に沁みわたるほどよい脂と凝縮された鯛の旨味。これは普通の身の塩焼きを食べている場合ではない。食べるのが大変な分、それに見合う味がある。
旨いつまみたちに地酒も進み、そろそろゆるやかに着陸態勢へ。身の締まった鯵、ほどよく脂ののった南まぐろの中とろ。富士の伏流水で育った富士山サーモンはしっとりとした身質で、淡水の鱒ならではの深い滋味が思いきり詰まっている。
続いて、駿河の軍艦づくし。名物の桜えびとしらすをそれぞれ生と釜揚げで愉しめ、静岡の酒を傾けながらつまむにぴったりの旨さ。
いやぁ、よく呑んだ。駿河の味と酒にすっかりと酔わされ、上機嫌でお店を後にします。ビルを出ると、もうすぐそこが沼津駅の北口改札。この先列車で帰る旅人にとって、この立地もありがたい。
沼津から東海道線にひと駅だけ揺られ、三島で新幹線に乗り換え。この列車はひかり号。ここを出るとたった3駅、44分で終点の東京に到着してしまう。そう考えると、静岡県って思った以上に近いんだよな。
あ、下部に行きたい。いや違う、正確には橋本屋さんに行きたい。そんなふとした渇望から決行した、今回の旅。ゆるゆると心身をほどいてしまう不思議なぬる湯、その湯力をより一層吸収させてくれるお宿の温かみ。きっとそれらが、今の僕には必要だったのだろう。
かいじ号で甲府に入り、初めての吉田のうどんに舌鼓を打ち下部の湯へ。帰りはそのまま身延線を先へと進み、これまた初の富士宮で出逢えたご当地の味と富士山の気配。〆には駿河湾の幸を味わい、本当に素晴らしい一筆書きだった。
またきっと、下部のお湯に呼ばれるときがくる。そして彼の地の周辺には、前回、今回と置いてきた宿題が待っている。次は身延山のロープウェイかな、それとも富士宮から眺める富士山に再挑戦するか。はやくもそんな妄想を浮かべつつ、下部の鉱泉で地酒の火照りを癒すのでした。
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