松山で迎えるこの旅最後の朝。高松、琴平、岡山、倉敷、尾道、そこからしまなみ海道を渡り今治を経てこの街へ。この3泊という時間に凝縮された、濃い経験。それぞれの記憶が鮮烈すぎて、もうすぐこの旅も終わりを迎えるということが俄かに信じがたい。
テイクアウトした朝マックを自室で食べ、9時過ぎにホテルをチェックアウト。さすがは月曜日の朝。まだひっそりとした空気に包まれる大街道を抜け、『松山城ロープウェイ・リフト』の東雲口駅へと歩きます。
これから向かうは、現存十二天守のひとつ松山城。市街地に聳える勝山の頂上に位置するため、徒歩ではなく10分間隔で運行するロープウェイで登ることに。
眼下に小さくなりゆく城下を眺めることあっという間の3分、終点の長者ヶ平駅に到着。ここはまだ8合目。天守のある山頂を目指して登り始めると、見上げるほどの高さを誇る石垣が。
すぐ隣に聳える石垣の重厚感に圧倒されつつ、いよいよ本丸へ。複雑に折り重なる石垣、その合間に見え隠れする建造物。このじりじりと近づいてゆくという感覚が、登城を一層愉しくする。
石垣に挟まれた細い坂を登り反転すると、通路を跨ぐように設けられた木の門が。この戸無門は、江戸時代に建造されたときから門扉は設けられていなかったそう。
その理由というのが、すぐ横に位置するこの筒井門に敵をおびき寄せるため。この奥には石垣で隠された隠門が設けられ、筒井門を破ろうとする敵を背後から襲う構造になっているそう。
筒井門を抜けると、すぐその先に待ち構えるのが太鼓門。先ほどの筒井門とともに、焼失してしまったものを既存資料を基に木造により復元されたもの。
重厚な門をくぐると、目を引くのが材木に残る無数の鑿の跡。昭和47年に復元されたこの門は、藩政時代からのものではないものの国の登録有形文化財に指定。それだけ、在りし日の姿を忠実に今へと伝えているということなのだろう。
江戸に築かれた建築を、現代の職人さんの腕をもって復元する。その意義深さを噛みしめつつ本丸へ。延々連なる石垣、それを彩る旺盛な木々の緑。その先には、築城当時から残るという乾櫓の渋い佇まい。
行く手に見える、あの雄姿。現存天守の放つ威厳を見据え、そのもとへ。そして迎える、この瞬間。あの日、二十代の僕を魅了した松山城天守。17年ぶりとなる再会に、思わず胸が熱くなる。
松山城は、大天守と小天守、2基の隅櫓が渡櫓で結ばれる連立式天守。それらを護るため、本丸よりもさらに一段高く積まれた本壇。唯一設けられたその入口に立てば、対峙する者を圧倒するこの威圧感。
小天守と一ノ門南櫓に睨まれつつ、一ノ門、二ノ門、三ノ門を経て筋鉄門へ。重厚な石垣、優美な大小天守、そして堅牢な櫓や門。複雑に入り組む本壇を進むごとに、これらの要素が魅せる姿を変えてゆく。
松山城の気高さを、ぎゅっと凝縮したかのような空間。本壇に込められた要塞としての機能美に心酔しつつ、三ノ門をくぐり中庭へ。これだけぐるりと四方を囲まれれば、万が一敵がここまでたどり着いたとしても逃げて帰れはしないだろう。
本壇の北側を護る北隅櫓と、その隣に続く玄関多聞櫓。そこには唐破風が印象的な玄関が設けられ、渋いながらも独特な優美さを漂わせています。
大天守の足元に設けられた穴蔵から、いざ天守内へ。渡櫓で繋がれた複数の建物を、順路に沿って見学。複雑な建物内部もさることながら、進むごとに視点の変わる外の景色もまた表情豊か。
前回訪れたときはまったく気づきませんでしたが、本壇の西半分にあたる部分は復元されたものだそう。戦前に不審火により焼失し、その後昭和40年代に木造で復元。こうして江戸時代から遺る大天守との接続部分を見ても、まったく違和感のないことに驚き。
変化に富んだ連立式天守の内部や窓の外の眺めを愉しみつつ、いよいよ大天守の頂へ。この急階段を登れば、若き日の僕が感動を覚えたあの光景が待っている。
小天守や櫓を見て回り、最後に待ち構える大天守。いくつかの急階段を登りきり、たどり着いた最上階。あがった息を整えようと佇めば、肌を撫でゆく爽やかな風。
その涼しさに誘われ、駆け寄る窓辺。聳える鯱が凛々しい小天守の先には、観覧車もちらりと見える城下町松山の中心部である松山市駅。
西側の眼下には、複雑に絡み合う連立式天守の独特な構造美。その先には、うっすらと霞むパステルの伊予灘が。
北側へと向けば、昨日予讃線から眺めた斎灘。薄くにじむ島影が、瀬戸内でこれまで出逢ってきたあの多島美を思い出させる。
5月の淡い水色を全身に浴び、ぐるりと回り東側へ。あの山裾あたりが、きっとこれから向かう道後温泉だろう。17年前も、ここからこうして湯の街を遠望した記憶が甦る。
長者ヶ平から立ちはだかる石垣に圧倒され、護りの堅さを強く感じさせる本丸へ。本壇に張りめぐらされる櫓や塀、その奥に大切に隠されるようにして今なお遺る大天守。
二十代半ば、まだそれほど旅の経験も豊かではなかった若き日の僕。あの日出逢ったこのお城は、間違いなく今の嗜好を形づくることになった大切な想い出のうちのひとつ。
積まれた年代により表情を変える重厚な石垣、迷路のような城郭の構造美。そして何より、本能に訴えかける格好良さを身にまとう江戸時代からの生き証人。漆黒の板壁と白漆喰の気高き対比に、四十半ばとなった僕の眼にはまた新たなうつくしさが映るのでした。
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