仲秋、信州、涼み旅。~しらほね色に染められて 1日目 ①~ | 旅は未知連れ酔わな酒

仲秋、信州、涼み旅。~しらほね色に染められて 1日目 ①~

9月下旬曇天の中央本線八王子駅に入線するE353系特別急行あずさ号松本行き 旅行記

秋分の日、僕はふたたび旅に出る。目指すは信州、白骨温泉。あの絹のようなにごり湯に、十年ぶりに逢いに行こう。

9月下旬E353系中央本線特別急行あずさ号で味わう冷たいビール
僕の愛する特別急行あずさ号は、松本目指し八王子を定刻に発車。さすがは祝日、連休最終日。平日ならビジネスマンの姿を多く見かけるこの時間帯も、山梨長野へと行楽に向かう人ばかり。

9月下旬E353系中央本線特別急行あずさ号で味わう発売60周年を迎えたチキン弁当
冷たいビールで旅立ちの祝杯を挙げていると、あずさはあっという間に都県境を越え神奈川県へ。車窓の緑が一段と濃くなったところで、明けで空っぽになったお腹を労わることに。今回選んだのは定番中の定番、チキン弁当。発売は新幹線開業と同じく1964年、箱に描かれた日本食堂のロゴも懐かしい。

昔からあるし、ご当地感もないし。そんな理由から、小さいときに一度食べたきり。でもなんだか、今日は無性に気になる。これもきっと縁だろうと、三十年以上のときを経て改めて食べてみることに。

9月下旬E353系中央本線特別急行あずさ号で味わう発売60周年を迎えたチキン弁当中身
ふたを開ければ、昭和を思い出させる潔さ。今でこそ多種多様な駅弁が増えましたが、昔は幕の内かこんなご飯とおかず!というものが多かった気がする。

あとこれに、プラスチック臭いポリ茶瓶のお茶があれば完璧だな。子供のころはあれが大好きだった。きっと僕のなかで、珍しい鉄道でのお出かけという楽しい記憶に直結していたのだろう。

そんな懐かしい鉄道の原風景を浮かべつつ、から揚げをひと口。あれ、ちょっと待って、ちゃんと旨い。濃いめのきつね色に揚げられた衣は香ばしく、下味のしっかりついた鶏肉も旨味あり。肉質もパサつかずしっとりしており、これはビールが進む味。

つづいて、郷愁を誘う見た目のケチャップライスを。濃すぎず、しかしきちんと主張するケチャップらしさ。ご飯はふっくらもっちりとしており、これまたきちんとおいしい。

そしてうれしいのが、付け合わせ。丁寧にもから揚げ用のレモン汁が付いており、これをかければまた違った味わいに。ほどよい酸味のピクルスは口をさっぱりさせ、ぽつんと添えられた個包装のスモークチーズもビールにばっちり。

9月下旬E353系中央本線特別急行あずさ号は笹子トンネルを抜け甲府盆地へ
さすがは60年もの長きにわたり支持されてきた駅弁。もっとジャンキー大味だった記憶があるが、時代に合わせて進化してきたのだろうか。それとも僕が、酒飲みのおじさんになり味覚や好みが変わったのか。

9月下旬E353系中央本線特別急行あずさ号は車体を傾斜させ甲府盆地のふちを器用に滑り降りてゆく
何にしても思い込みって、損するときもあるよな。ビールのアテに最高な大人様ランチを味わっていると、あずさは笹子の長い闇を抜けついに甲府盆地へ。車体を傾け、器用に斜面を滑り降りてゆくE353系。何度乗っても疾走感、いや、飛翔感があって好きな区間。

9月下旬E353系中央本線特別急行あずさ号車窓から眺める甲府盆地のぶどう畑ごしの富士山
刀とちょんまげの時代が終わってから、たったの36年。毎度のことながら、よくもこんなところに鉄道を通したものだと感心してしまう中央本線。当時の土木技術のすごさに想いを馳せていると、列車は甲府盆地の底へ。鉄路はふたたび穏やかさを取りもどし、山梨らしいぶどう畑の先にはちょこんと頭を出す富士山が。

9月下旬E353系中央本線特別急行あずさ号車窓を染める実りの秋
県都甲府で多くの乗客を降ろし、あずさは松本に向け疾走再開。ふたたび行く手を阻む盆地の縁、その傾斜を彩る実りの黄金がうつくしい。

9月下旬E353系中央本線特別急行あずさ号車窓から2か月半ぶりの諏訪湖を眺める
高度感ある風景に眼を奪われていると、県境を越えついに信州へ。快走を続ける車窓には、盆地の中央に横たわる諏訪湖の姿。2ヶ月半前、大汗掻きつつ湖畔を歩いた記憶がよみがえる。

9月下旬E353系中央本線特別急行あずさ号車窓を染める黄金色に染まる田んぼと刈り取られて干される稲
あのときはまだ青々としていた田んぼも、いまは刈り取り真っ最中。重たそうに首を垂れる黄金色、刈られて干される稲の枯れた色。錦に染まる紅葉も格別だが、この彩りもまた日本の豊かな秋の象徴だと僕は思う。

9月下旬E353系中央本線特別急行あずさ号車窓から望む黄金色の田んぼとぶどう畑といった塩尻らしい情景
列車は塩尻を過ぎ、松本平を北上。実りの色に染まる田んぼの合間には、これまた秋の恵みであるぶどう棚。さすがはワインの名産地。今年もきっとおいしい葡萄酒が醸されるのだろう。

9月下旬曇天の松本駅
豊かな秋色に染まる車窓に心酔すること2時間5分、あずさは松本に到着。ここでこれから二晩のお供をお買い物。そう思い外へと出てみれば、26℃と残暑疲れにはうれしい気温。そして何より、湿度の低さが身に染みる。

9月下旬曇天の松本駅アルピコ交通上高地線20100形新島々行き
無事に夜のお供を仕入れ、きっぷを買って『アルピコ交通』上高地線のホームへ。前回は慣れ親しんだ旧井の頭線の車両に乗りましたが、現在は東武からやってきた20100形に置き換え完了。それにしてもあまりに顔が変わりすぎて、面影も何もないな。

9月下旬アルピコ交通上高地線車窓から望む満開のそばの花
旧3000形のド派手さを受け継ぐ2代目なぎさTRAINに乗車し、一路新島々へ。住宅地を抜け、田園のなかをのんびり走る2両編成。車窓を染めるのは、信州らしい満開のそばの花。

9月下旬アルピコ交通上高地線終点でありバスとの結節点である新島々駅
松本から走ること30分、電車は終点の新島々に到着。ここは上高地や乗鞍方面へのバスと鉄道の結節点。公共交通機関で向かう場合は、必ずここで乗り換える必要があります。それにしてもしんしましま、無性に口に出して読みたくなる。

9月下旬新島々バスターミナルに集結するアルピコ交通バス
以前は松本から鉄道とバス通しの乗車券が売っていましたが、現在は別々に購入。ここで泡の湯までのきっぷを買い、乗鞍高原行きのバスに乗り換え。ちなみに上高地方面のバスでも行けますが、そちらは予約が必要なうえ運賃も高いので要注意。

9月下旬アルピコ交通乗鞍高原行きバス車窓から望む稲核ダム
近所でもアルピコ交通のバスはよく見るけれど、やっぱり現地まで来ると本場感がすごいな。バスターミナルで集結する様子や道中ですれ違う台数の多さに圧倒されていると、道は険しさを増しいよいよダム連続地帯へ。

9月下旬アルピコ交通乗鞍高原行きバス車窓から望む稲核ダムのダム湖
梓川に設けられた3つのダムは安曇3ダムと呼ばれ、下流側から遡ってゆくとまず現れるのが56年前に完成した稲核ダム。左手には稲核の集落、右手にはダム湖を望みしばらくは穏やかな道を進みます。

9月下旬アルピコ交通乗鞍高原行きバス車窓から望む水殿ダム
ふたたび国道は山道の様相を呈し、つづいて水殿ダムが出現。建設は稲核ダムと同時期ですが、狭い谷を塞ぐ高い堤体からは何とも言えぬ威圧感のようなものが伝わってくる。

9月下旬アルピコ交通乗鞍高原行きバスから望む山間に威容を誇る奈川渡ダム
水殿ダムを越えた先からは、カーブと狭いトンネルの連続。いつ通っても、この道はすごすぎる。見通しの悪い狭小隧道を、ひっきりなしにバスやトラックが往来する。運転手さんの技に感嘆していると、さらに山深さは増しまるで水墨画のような世界に。

9月下旬アルピコ交通乗鞍高原行きバスは奈川渡ダムの堤体上を渡る
上高地や乗鞍といった観光地を擁するとともに、飛騨高山方面への大動脈としての使命も負う国道158号線。そんな交通量の激しい国道が、ダムの堤体上を通過する。大丈夫だとは解っていても、老朽化への影響はないものかと心配になる。

9月下旬アルピコ交通乗鞍高原行きバス堤高155mの奈川渡ダム天端から深い谷を望む
竣工当時は黒部ダムに次ぎ日本で2番目、現在でも3番目の堤高を誇る奈川渡ダム。その高さは155m。天端を行くバスから望む谷の深さに、思わず背筋が寒くなる。

9月下旬の信州さわんどバスターミナルから眺める山並み
新島々から急峻な谷を遡ること40分足らず、バスはさわんどバスターミナルに到着。白骨温泉へはここで乗り換え。10年前に訪れたときはだだっ広いさわんど車庫前で降ろされぽつんとバスを待ったものですが、かなり便利になりました。

9月下旬アルピコ交通白骨温泉行きバス
ようやく姿を見せてくれた青空。爽快な山の眺望を胸いっぱいに吸い込んでいると、ほどなくして白骨温泉行きのバスの改札開始。買っておいたきっぷを渡し、乗り継ぎの旅の最後の1本へと乗り込みます。

9月下旬アルピコ交通白骨温泉行きバスは湯川の刻んだ渓谷に沿って遡る
国道を離れ、より険しさを増した山道を慎重に進む大型観光バス。湯川の刻んだ狭い谷を、水の流れに沿ってひたすら上流へ。

9月下旬アルピコ交通白骨温泉行きバスZカーブを登り切ればまもなく白骨温泉に到着
ずっと谷を走ってきた県道も、意を決したかのように一気に山腹へ。通称Zカーブと呼ばれるこの区間、かつては切り返しが必要なほど狭く脱輪する車もあったそう。

よくもこんなところにバスが通れる道を造ったものだ。車道とは思えぬ急勾配と急カーブに圧倒されていると、バスは終点の一つ手前、白骨温泉バス停に到着。ここまでくれば、あと少し。扉が開いたと同時に吹き込む硫黄の香りに、期待は一気に高まるのでした。

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