霧の摩周湖に別れを告げ、屈斜路摩周湖畔線を進むピリカ号。幾重にも連なるカーブで山を越えてゆくと、天気は一変し爽快な青空が。緑に染まる木々の先には、荒々しい白い肌を露出した山。そうか、あそこがこれから向かう地か。
今日も本当は、雨が降るか降らないかの曇天予報。期待していなかった青空に心躍らせていると、バスは山を下り川湯方面へ。爽快な天気のなか、牧場の馬たちも気持ちよさそう。
摩周湖から走ること20分ちょっと、2つ目の見学地である硫黄山に到着。26年前、すぐ近くの川湯温泉に泊ったのになぜか足を延ばさなかった場所。うっすらと残る記憶では、確かちらりと見えた噴煙に満足したんだった。
バスを降りる前から、鼻をつく硫黄の香り。ここ硫黄山では、明治から昭和30年代まで硫黄の採掘がおこなわれていたそう。足元の地面にも、いたるところに黄色く変色した部分が見て取れます。
右を見れば、もこっとした特徴的な山容をもつふたつの山。このマクワンチサップとサワンチサップ、そして今なお噴煙をあげる硫黄山は、いずれもアトサヌプリカルデラに生まれた溶岩ドームなのだそう。
あまりにも荒涼とした、現実離れした世界感。足元に気を付けつつ荒れた地を進み、噴煙地の近くへ。ここまでくると、全身に感じる山の放つ圧。目の染みるほどの噴煙、鼻を刺す硫黄臭。そして何より、地熱と蒸気で熱さがすごい。
地獄谷に大涌谷、後生掛などこれまでも噴煙地にはいくつか行ってきた。そのなかでも、ここ硫黄山の迫力と熱量には圧倒されるものがある。核心には入れないものの、足元にも蒸気や源泉が噴き出すところが点在している。
手の届く場所に、決して触れてはいけないものがある。すぐ近くに覗く地球の内部にゾワゾワとした感覚を噛みしめつつ、ふと見上げる空。そこにあるのは、爽快な青空と硫黄の黄の鮮烈な対比。自然の造り上げた目の覚めるような光景が、網膜を通して胸へと灼きつく。
ボコボコと沸きたつ熱湯、シュウシュウと音を立て絶えず噴き出す熱い蒸気。風向きにより大量の噴煙がこちらへと押し寄せ、熱気と臭気、そして目にくる刺激に自然の力を感じずにはいられない。
硫黄フェチの自覚がある僕。温泉でも胸いっぱい吸い込み、帰宅後に洗濯してもしばらく抜けないシャツの匂いにニヤニヤし。そんな僕でも、ここの噴煙はさすがに危ないと本能が言っている。
目と鼻の刺激に時期を悟り、そろろそバスへと踵を返す。すると目に飛び込む、印象的なこの光景。植物も生えぬ荒涼とした地、その先には深い森に蒼く輝く豊かな山並み。地球の設定した生命の境界線が見えるようで、それがうつくしくもあり、畏ろしくもあり。
硫黄山は、アイヌ語でアトサヌプリ。裸の山を意味する通りの世界感に圧倒され、再びバスに乗り込みます。
硫黄山を出ると、昭和の大横綱大鵬の像を見送り川湯の温泉街へ。26年前、初めて浸かった㏗1.7の強酸性泉。当時ぽつぽつとできていたニキビが良くなり、温泉の力というものを生まれて初めて体感した。
ダケカンバの美林を愛でつつ回想に耽っていると、いつしか道は湖畔沿いに。木々の合間から覗く湖水を眺めていると、次なる見学地である屈斜路湖の砂湯に到着。
全国6位、カルデラ湖としては日本最大の広さを誇る屈斜路湖。先ほどの硫黄山の様子からも分かるように、今なお火山活動が活発なこの一帯。流れ込む温泉により湖水は酸性に傾いているため、魚はあまりいないのだそう。
ここ砂湯は、その名の通り砂浜を掘るとお湯が湧くという珍しい場所。先人の掘ったであろう大きな湯だまりで、ちょうど良い塩梅の手湯を楽しみます。
それにしても、本当によく晴れてくれた。四季折々、晴曇雨雪。それぞれ異なるうつくしさがあるけれど、カラッとした残暑のなか浴びるこのあおさは格別だ。
胸のすくようなとは、このような光景を言うのだろう。肌をじりじりと灼く晩夏の陽射し、それを癒す湖水を渡る爽快な風。カルデラを成す外輪山は蒼く染まり、思わず深呼吸したくなる。
再びバスは走り出し、しばらく行くと川を渡る小さな橋が。ここが釧路川のはじまりの場所。アイヌ語で、喉や口を意味するクッチャロ。釧路川の流出口あたりにあったクッチャロというコタンから、屈斜路湖の名が付けられたのだそう。
次なる目的地に向け、晴れ空のもと軽快に走るピリカ号。移動時間までもが愉しめる、バス旅の良さ。免許を持たぬ身、この景色を見させてくれるだけでも本当にありがたい。
ここにきて、さらに嬉しいプレゼント。70年以上の歴史を誇る阿寒湖銘菓、まりもようかんがみんなに配られます。この2個入りは、阿寒バスが特別に作ってもらっているそう。お昼までまだ時間があるため、うつくしい車窓を愛でながら心地よい甘さを味わいます。
これまで寄り添ってきた釧路川水系に別れを告げ、分水嶺に挑むバス。カーブを繰り返す阿寒横断道路を進んでゆくと、いつしか車窓は結構な高度感に。
それにしても、今日の空はとにかく澄んでいる。標高以上に感じる空の近さに、道東の遅い夏を感じてみる。
バスはさらに標高を上げ、ふっと視界が開けたかと思えばこの眺め。双岳台と呼ばれるこの地点、裾野を広げる雄大な雄阿寒岳が姿を見せてくれています。
ガイドさんの解説を聴いていると、もう少しで小さな湖が見える双湖台を通過するとのこと。注意深く車窓を見つめていると、深い森にぽつんと抱かれた青い湖。このペンケトーは、アイヌ語で上の湖という意味。下の湖であるパンケトーを経て、阿寒湖へと繋がっています。
霧の立ち込める幽玄の世界から一変し、爽快な青空のもと愉しむバスでのドライブ。あと少しで、ピリカ号は最後の見学地である阿寒湖に到着。千変万化な車窓の連続に、道東の豊かな自然にこころ打たれるのでした。
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