玉川温泉で迎える最後の朝。3泊過ごしたはずなのに、全くそんな気がしない。楽しい時間、充実した時間というものは、本当に、本当にあっという間に過ぎてしまうものです。
それでもここで過ごした3泊という時間は、確実にあった。晴れ渡るこの空のように、僕は久々に味わう元気というものをこの薬湯からもらうことができました。
今朝も売店で仕入れたパックご飯とカップのお味噌汁、そしていぶりチップスという簡単な朝食を済ませます。お腹も落ち着いたところで、最後の一浴を。体に心に玉川の大地の力を吸収し、チェックアウトします。
3泊という短い湯治でしたが、明らかに心身共に健康体にしてくれた玉川温泉。大噴と呼ばれるこの源泉から噴出する日本一の強酸性泉は、文字通りここでしか体験できない唯一無二の素晴らしい湯浴みを味わわせてくれました。
この奇跡の地を目指し、日本中から人々が集まる宿。そこを包む雰囲気は決して娯楽的なものはなく、通常の温泉宿や秘湯宿をイメージして行くとかなり驚くかもしれません。
実際に僕も6年前、八幡平へと向かう途中にバスの車窓を通してその雰囲気を感じ取ったことを今でも忘れません。だからこそ、これまで宿泊する機会を作ってこなかったという部分もあるのです。
ですが今回、何故だか「あ、このタイミング。行こう。」と思いました。それはきっと僕が色々な部分を回復してもらいたくなり、未知なるこのお湯に呼ばれたのかもしれません。
北投石や塩酸の力を求めて集まる人々。誤解を恐れず敢えて言いますが、僕はその人々の姿に生きるということを考えさせられました。それは「みんな頑張っているんだから」という単純なものではなく、自分の中に決定的に欠如していた部分に気付かされたのです。
僕がここしばらく手放しかけていた、自分の持つ生命力。これをもう一度捉まえてみようと思えたのは、お湯や大地の力だけではなく、この宿を包む環境全てがそうさせてくれたのかもしれない。不思議と全てが完璧に合致し、自分でも気持ち悪いほどの変化が起きました。
形のない、でも間違いなくそこにあるお土産を手にし、『羽後交通』のバスに乗り込みます。
バスは急坂を上り国道へ。車窓には、遠ざかる玉川温泉が。必要になったら、また来よう。その思いを胸に、小さくなりゆくその姿を眺めます。
どこまでも連なる深い山を走る、国道341号線。日本の背骨である奥羽山脈の雪深さを教えるように、山腹には長いスノーシェッドがどこまでも続きます。
国道と玉川の刻む谷の比高が少なくなり、目の前には独特の青さを湛える宝仙湖の姿が。
ph1.2の塩酸を毎分9000ℓも噴出する玉川温泉の源泉。それを源流に持つ玉川は、その強酸性から生き物が住むことを許さず、作物も枯らしてしまう毒水として恐れられていました。この妖しい青さは、石灰による中和によってもたらされたもの。言わばケミカルな、人工的な青さです。
バスは玉川ダムを過ぎ、山を駆け下り人里へ。車窓には、青々と葉を茂らす田んぼと黒々と立つ秋田杉という、夏らしい田園風景が広がります。
鮮やかな緑に染まる車窓を愉しんでいると、爽快な青さをみせる田沢湖の姿が。玉川の水が導入され、一時期は魚の住めない環境となってしまった田沢湖。ですが今では中和作業のおかげで、放流された魚が元気に育っています。
夏の勢いを感じさせる豊かな田園の先に聳える、秋田駒ケ岳。あの向こうには、数々の思い出の詰まった乳頭温泉郷が。また行かなければ。深い森に隠された魅惑の地へ思いをはせ、走るバスに身を委ねます。
青森、岩手、秋田と駆けたこの旅も、もう間もなく終わり。旅立ち前とは打って変わって清々しい気持ちで、この晴れ渡る夏空を眺めるのでした。
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