2025年、今年は本当にすばらしい旅の連続だった。それは単にたくさん行けたということではなく、ひとつひとつが濃密で忘れられない旅ばかりだったということ。今回はそんな想い出を振り返り、今年最後のブログ更新としたいと思います。

このブログを書きはじめたのは、2007年のこと。当時はまだ趣味としての旅を始めたばかりで、出かけるごとに自分の世界が広がってゆくのが楽しくて仕方がなかった。そんな想いが、旅は未知連れというブログ名に込められている。
歳を追うごとに、少しずつではあるが確実に未知なる地は減ってゆく。それと同時に、想い出の場所があちらこちらに増えてゆく。そんななか、今年は特にたくさんの初めてと出逢うことのできた一年だった。
今年のめくるめくような未知なる旅路のはじまりは、宮城は栗駒山に抱かれた温湯温泉から。
18年前、いまはなき湯の倉温泉湯栄館を訪れた職場の仲間との秘湯旅。そのときに存在を知りいつかはと思いつつも、その後二度の大震災により一度はその火が消えた佐藤旅館。まさか復活を遂げていたなんて。そんな長年の念願が叶い訪れることのできた湯宿には、やさしいお湯と温かさがあふれていた。

つづいての初めては、江戸から昭和までのさまざまな建築美が凝縮された倉敷。明るい時間帯もさることながら、より一層深みを増す夜の表情。その濃密な世界観は、泊まった者のみが味わうことを許される贅沢そのもの。

7月には、これまたずっと気になっていた唐沢鉱泉へ。八ヶ岳の深い緑に抱かれた湯屋には、何ともいえぬゆるゆるとした浴感の魅惑の湯が湧いていた。

恒例となったねぷた旅の帰りには、いつかはと願いつつ半ばあきらめていた尾去沢鉱山へ。そこに缶詰のように遺された往時の空気感は、決して忘れることのできない記憶として胸へと深く深く刻まれた。

初めての場所にもたくさん訪れたが、この歳になって初体験したことも。ふと出来心で、ふらり熱海へ人生初のグランピング。ハンモックに揺られ、焼いて、食べて、火を見て、飲んで。それがこれほどまでに愉しいなんて、四十半ばになるまでまったく知らずに生きてきた。

そして10月、人生においてそう何度も出逢うことのできないであろう最高の旅へ。そのきっかけは、久方ぶりに関東と九州を結ぶ新航路として開設された東京九州フェリーへの憧れからだった。

それいゆに誘われ上陸したのは、初めての門司。北九州発祥の資さんうどんを味わい、門司港駅へ。中学生のときにその存在を知って以来想いつづけてきた駅舎との対面を果たし、その優美な姿に圧倒されるばかり。

門司からは、海底トンネルを歩いて人生初の山口県に上陸。関門海峡を染める青、長府で味わう城下の情緒と瓦そば。夜はもちろんふくをはじめとする山口の味に心酔し、なぜこれまで来なかったのかと悔やまれた。

別府への道中、途中下車してお参りした宇佐神宮。子供のころからなぜだか親しみを感じてしまう八幡さま、その総本宮の放つ鮮烈さは忘れえぬ宝物に。

大分からは、歴史の深い瀬戸内航路で神戸へ。海原を進んでいるとは思えぬ、滑るような乗り心地。湖の遊覧船よりも安定感ある航海に、この海がフェリー銀座である由縁を垣間見た。

去年に続き二度目となった徳島県。はじめて目の当たりにした鳴門の渦潮では、世界三大潮流の名にふさわしい迫力に圧倒された。

旅の終盤に訪れた屋島、そこで浴びた瀬戸内海の誇る多島美。眩く輝く青き世界は、これまで出逢ってきた海のうつくしさとはまた違った表情に満ちていた。

屋島山上からの眺望を存分に浴び、麓に位置する四国村へ。驚くほどのコシの強さをもつうどんに感嘆し、各地から集められた貴重な建物たちに魅了され。訪問経験の少ない四国の深さを、この旅ではさらに知ることとなった。

いっぽうで、想い出の地へもたくさん再訪することができた。カメラを買い替えてからの初めての旅は、自分的節目に訪れてきた大沢温泉湯治屋へ。これまで何度か滞在したが、雪の積もる時季は初めて。冬ならではのモノクロームが、江戸時代からの湯宿を一層味わい深いものに。

大沢温泉からはしごしたのは、これまた想い出の地である松川温泉。残念ながら松楓荘は閉館してしまったが、松川荘で出逢えた白濁の湯とボリューム満点の手作りの味にあらたな秘湯の魅力を知った。

5月の瀬戸内旅は、倉敷と今治以外は想い出をたどるような行程だった。そのなかでも17年ぶりとなった松山は、当時と変わらぬ天守のうつくしさと鯛めしの旨さで迎えてくれた。

6月には、毎年毎年楽しみにしている八重山へ。今年の夏は、いつも以上にあおかった。数え切れぬほどのあおい記憶のなかでも、今回初めて訪れた御神崎の鮮烈さは格別にこころに沁みた。

八重山とともに、僕の夏になくてはならない東北の熱さ。なんとか宿を手配し、今年も無事に再会することのできた弘前ねぷた。台数も観客も以前と変わらぬほどまでに熱気を取りもどし、勝手ながら僕まで嬉しくなってしまう。

夏のみちのく旅の続きは、14年ぶりとなる後生掛温泉へ。前回は立ち寄っただけだったが、それがいかにもったいないことをしたかと痛感。良い湯はやっぱり泊まって、できれば連泊して味わうべき。力漲る山のいで湯に、あらためてそう実感させられた。

みちのくの夏の余韻も醒めやらぬまま、半月後には衝動的に船旅へ。三度目となる太平洋フェリー、今回は初めていしかりに乗船。きその温もりを感じる雰囲気とはまた異なる魅力をもつ、青と白を基調としたシックな内装。フェリーとは思えぬ瀟洒さに、その愛は一層深まるばかり。

地上0泊、3泊4日の弾丸フェリー旅。ほんの半日間だけの北海道を愉しんだ後は、さんふらわあふらので大洗へ。この旅ばかりは、禁忌な気がする。一度手を出してしまうと、もう後戻りできない。そんな領域に片足を踏み入れた、危険で愉しい旅だった。

9月には、空いた時間にと白骨温泉へ。10年ぶりの再訪となったかつらの湯丸永旅館で絶品の鯉料理との再会を果たし、貸切風呂では白骨の名の由来を強く実感させる魅惑の湯船と初対面。

そして10月の瀬戸内回遊旅では、12年ぶりとなる別府へ。鉄輪の湯の街ならではの情緒にこころを染め、本場とり天の味にあらためて心酔し。

大分から、さんふらわあぱーるで上陸した神戸。この街を訪れるのは16年半ぶりのこと。半日と駆け足にはなってしまったが、その分ぎゅっと凝縮された時間を過ごした。二十代から四十代へ、変化した自分という受け取り手。また新たに知ることのできた表情に、この街はあらためて泊まりがけで来ようと再々訪を誓った。
こうしてざっと思い返してみるだけでも、初めてとお久しぶりがたくさん詰まったこの一年。未知を求めて旅を重ね、いつしか既知が増え想い出の地として蓄積されてゆく。そんな生き甲斐と長く付き合えるのも、こうして旅の想い出を書き残せるブログがあるからこそ。
少しずつだけれど自分のなかの地図が広がり、そして厚みを帯びてゆく。今年一年重ねた旅を反芻し、年輪のように着実に大きくなりゆく地図と対峙する。そのときこころを満たすのは、温かな記憶と新たなる旅路への果てなき想い。そんな豊かな質量を胸に抱き、今年最後の更新を終えたいと思います。
最後になりましたが、2025年も遊びに来てくださりありがとうございました。今年も残すところ2日半。まもなく来る2026年が皆さまに、そして僕にとって良い年になりますように。


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