今年最後の輝きに溢れる車窓を愛でつつ送迎車に揺られ、今宵の宿である『藤七温泉彩雲荘』に到着。車から降りるとすぐに鼻をくすぐる硫黄の香に、自ずと気持ちが昂ります。
チェックインを済ませ、宿の方の説明を聞きつつ自室へと向かいます。ここに泊まるのは3年ぶり。今回は初めての連泊のため、明日も一日中あの湯を味わえると考えるだけでも嬉しさが止まらない。
早速浴衣に着替え、露天風呂へ。荒涼とした噴煙地の中、点在するいくつもの湯船。濃厚なにごり湯に揺蕩えば、あぁここまで来て良かったと心底思えてしまう。そんなお風呂の様子はまた後ほどご紹介します。
湯上りの冷たいあいつに食欲も刺激されたところで、お待ちかねの夕食の時間に。藤七温泉と言えばの傾いた廊下を進み、食堂へと向かいます。ちなみにお座敷もかなり歪んでいるのですが、そんなところも僕は好き。
夕食は、山菜や野菜をメインにしたバイキング。地のものがそれぞれ素朴かつ美味しく調理され、バイキングながら手作り感溢れる山の幸を楽しめます。
いろいろなお料理が並ぶ中、選んだのはこの品々。岩魚の塩焼きは焼き立てを1人1本もらえ、ホクホクとした身に詰まった上品な旨味が堪らない。大好物のミズにはこぶが付いており、若い茎とはまた違った食感に思わず笑みが零れてしまいそう。
右上の小さな器に入っているのは、鹿肉の味噌煮。ごぼうと一緒に煮込まれた鹿には旨味がぎっちりと詰まり、淡白な鹿のイメージを覆す凝縮感あるおいしさ。りんごの天ぷらもサクッと揚げられ、込められた甘酸っぱさがこれまた旨い。
僕の好みドンピシャのおかずたちに、思わず地酒も進んでしまう。旨い山の恵みにお腹も心も満たされたところで、郷土の味で〆ることに。稲庭うどんはつるりとした口当たりが美味しく、具材のだしをしっかりとまとったひっつみは、お腹の底からじんわりと温めてくれるよう。
旨い山の恵みに満たされ、布団でごろりと過ごす食後のひととき。お腹も落ち着いたところで今宵のお供を。まず開けたのは、八幡平のわしの尾、北窓三友純米酒。すっきりとした飲み口ながら、しっかりとお米や水の良さが詰まったおいしいお酒。
さすがは山上の宿、冬はもうすぐそこ。鷲の尾片手に肌寒さを感じたところで、再びお風呂へ。この時間、メインの浴場は女性専用。もうひとつ宿泊者専用の男女別露天風呂があるので、そちらへと向かいます。
寒い中掛け湯をし、早速湯船へ。その途端、全身を包む心地よい温もり。ドバドバと掛け流される源泉は適温に調整され、シルキーな浴感は肌にすっと馴染むよう。立ちのぼる湯けむりからは硫黄の香が漂い、目を閉じて深呼吸すれば心の芯まで大地の恵みで満たされます。
心身の隅々まで硫黄分を補給したところで、部屋へと戻ります。次なるお供にと開けたのは、盛岡の桜顔酒造が醸す桜顔特別純米酒五割五分。飲みやすい辛口ながらふくよかな日本酒の旨さを味わえます。岩手、本当に何飲んでも外れがありません。
テレビもなく、スマホの電波も届かない。ただひたすらにお酒をちびりとやり、気が向いたら湯屋へと向かうのみ。まずは鄙びた風情に包まれる内湯で体を温めます。
しっかりと温まったところで、意を決して露天風呂へ。さすがは標高1,400m、東北最高地点の宿。外へと出れば冷たい夜風が容赦なく全身を刺し、お風呂までの道のりが遥か遠くに感じられるほど。
でも、それでも。このダイナミックな情景を一度知ってしまうと、これを味わわずにはいられない。荒涼とした噴煙地にいくつも浴槽が設けられ、底から絶えずプクプクと自噴する源泉で満たされています。
冬季休業するこの宿。今年の営業も残すところ数日といったこの時期、正直お湯はとってもぬるい。一度入ると出るのに勇気が要りますが、大地の恵みに直接抱かれるというこの感覚は、それを遥かに超える感動を与えてくれる。
ポコポコとお湯の湧く音と、鼻を愉しませる硫黄の香。辺りを包む静けさの中、この壮大な状況を独り占め。山自体がお風呂というこの上ない贅沢に心酔し、八幡平山上での夜はゆっくりと更けてゆくのでした。
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