初秋に染まる湖畔散策とお昼を味わい、ホテルへと戻ります。浴衣に着替えお風呂へ向かおうとすると、フロントの方から声掛けが。どうやら今日木曜日のランチ休業に合わせて大浴場の換水清掃をしたようで、今はまだ入浴できないそう。
15時頃には入れそうとのことなので、それまでしばし部屋でごろごろ過ごすことに。あと少しかな。そんなことを思っていると、お風呂の準備ができたと内線電話が。入浴を楽しみに待っていることに気づき、わざわざ電話で教えてくれる。ちょっとしたことですが、初めての経験に嬉しくなってしまいます。
早速一番風呂へと向かうと、浴槽にはゆったりと舞うたくさんの湯の花が。湯面には大小幾多もの泡が揺蕩い、入る前から期待が膨らんでしまう。換えたて新鮮なお湯に身を沈めれば、途端に全身を包むとろりとしたまろやかさ。
やっぱりいい。到着後からもう何度も湯浴みを繰り返していますが、その都度この黒湯の心地よさに心酔してしまう。加温循環と源泉かけ流しの浴槽を行き来し、温冷交互浴で心身の底からすっきりと。もうすっかり、チョコレート色に染まる亀山のお湯の虜になってしまいました。
まずいよなぁ。東京駅から、乗り換えなしバス一本。そんな手軽に来られる場所に、こんな隠れた名湯があったなんて。またひとつ、やばいところを見つけてしまった。そう素直に思えるときは、それだけ良い時間を過ごしているという揺るぎない証。
今年は初めて訪れるいい宿にたくさん出会えたな。そんな満足感に浸りつつ湖畔の暮れゆく様をぼんやり眺めていると、あっという間に夜の帳が。もう一度黒湯にゆったりと揺蕩い、食事会場へと向かいます。
今夜のメインはアレなんだよな、ムフフ・・・。そんな期待感に包まれつつ待っていると、すぐさまおいしそうな品々が運ばれてきます。
まずは先付から。つぶ貝旨煮は大ぶりで程よい食感の身とともに、これまた存在感ある肝が旨い。磯の風味を活かすちょうど良い塩梅に、早速君津の吉寿を傾けます。
揚げたてのSPFヒレカツは、衣はサクッと身は柔らかしっとり。豚の旨味をしっかりと感じられ、不思議と日本酒にもぴったり合ってしまう。そこを紅ズワイ蟹土佐酢掛けで口をさっぱりさせれば、またもうひと口と地酒が欲しくなる。
今日のお造りも豪華3点盛り。本鮪は程よい脂のりで旨味と甘味のバランスが良く、しっかりと旨味の詰まった鯛には土佐醤油もさることながら胡麻ダレが好相性。
たっぷりと盛られた平目の薄造りは、もちっとしっとり、そして程よい歯ごたえが美味。土佐醬油、竹炭塩、胡麻ダレの3つの味の食べ比べもまた愉しい。えんがわもこりっこりで脂がのり、白身の醍醐味を存分に味わえます。
おいしいお肉や魚で地酒が進み、ちょっとばかりの火照りを感じたところで温かい蛤潮仕立てでほっとひと息。プリッとした身には旨味が詰まり、そこから染み出た貝だしを啜ればすぐさま口中に豊潤な幸せが。
続いて揚げたて熱々を運ばれてきた天ぷらを。それに合わせて君津の峯の精を追加します。厚すぎず薄すぎず、極めて絶妙な加減の衣により抜群のサクカリ感を味わえます。
野菜も海老もどれもおいしいのですが、特にうぉっ!と思ったのがめごち。軽やかな衣の中からはホクホクの身が現れ、ふんわりと香る白身の味わいに思わず自分もほくほく顔に。
サクサクの天ぷらを味わっている横で調理されていたのが、3品のメインの中から選んだアワビの踊り焼き。宿の方がふたを開けると、あれいない。どうやらふたの裏にくっついていたようで、ヘラで剥がして持ってきてくれました。
その時の状態が、この写真。この時点では大人しくしているのですが、酒をかけた途端にぐりんぐりんと勢いよく踊り出すあわび。なんだかちょっと申し訳なくなるな。火を点けふたを閉められる姿を見送り、自分の内なる残酷さと対峙します。
でも僕は、子供のころからその辺は結構ドライ。もう食卓に載ってしまえば、自分が食べずとも結果は変わらない。それならば、おいしいおいしいと頂くのが吉。そんなことを考えつつ峯の精を傾けていると、お待ちかねの踊り焼きの完成です。
まず驚くのは、その柔らかさ。以前も房総であわびを食べたときに感じたのですが、生と火を通したものでは全く異なる食べ物。お刺身ではゴリゴリというほど締まった食感ですが、火を通すと何故こうも身が柔らかくなるのだろう。本当にこの差には神秘のようなものすら感じてしまう。
すっとナイフを入れ、まずはなにもつけずにひと口。うわぁ、うめぇ、すげぇ。酒蒸しにされたあわびには天然の味わいが宿り、ほんのりとした塩気と海の香りはもうそれだけで完成された逸品料理。
豊かな海の恵みをそのまま味わい、続いてレモンを絞り焦がしバターソースを。するとコクと爽やかさがプラスされ、一気に華やかな雰囲気に。ソースも絶妙な味付けで、あわびの良さをしっかりと残しつつ異なる表情を愉しめるのも嬉しいところ。
ちょっと飲みすぎかと思いつつも、あわびのあまりの旨さに君津の天乃原を思わず注文。そして待望の肝へ。臭みや苦みは全くなく、火を通された大ぶりの肝はほっくりとした食感に。そこから広がる濃密なコクと旨味に、今はただただ溺れていたい。
昨日の金目に引き続き、今日もあわびを選んで大正解。踊る姿に痛めた心はどこへやら、至極の味にもう感動しきり。最後に甘い粒すけととろろ昆布の赤出汁で〆て、大満足の夕餉を終えます。
帰り際にデザートの和梨のシャーベットをもらい、ゆったりと自室で過ごす食後のひととき。お湯も良いけれど、とにかくご飯がおいしい。僕のいつもの予算に比べれば少々値は張るものの、バス一本という交通費を考えれば・・・。まずいまずい、またいけない妄想に溺れてしまう。
検索していてこの宿を見つけるまで、隣県だというのにその存在すら知らなかった亀山湖。このタイミングで、ここにこうして来ることができたのも不思議な縁。勤務明けに会議が入っていなければ、きっともっと遠くに行っていたに違いない。
寝床の上で食後の余韻にごろり揺蕩い、お腹が落ち着いたところで再び湯屋へ。つるり滑らかな黒湯に身もこころも溶かされ、日々のあれこれなどすべて消え去ってしまうよう。
そんな軽やかな湯上りの帰り道、ふと見つけた火のある光景。その温もりに誘われ外へと出れば、湖畔に面するデッキでは焚き火がゆらぎ、温かい灯火をこころの深い部分へと分けてくれるよう。
ぱちぱちと、耳へと届く火の爆ぜる音。ときおり鼻腔をくすぐる、焚き火の香り。なんだろう、無性にこころがあたたかい。奥房総と出逢うことができて、本当に良かった。湯上りだけではない心地よい火照りに夜空を仰ぎ、そんな悦びをひとり静かに噛みしめるのでした。
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