3月半ば、僕は赤羽駅に立っていた。普段着の装いをした上野東京ラインのホームに滑り込む、特急草津・四万号。日常感から始まる、非日常への旅。そのグラデーションのような旅立ちこそが、在来線特急の魅力のひとつ。
これから向かうは、上州路。初めてしっかりと群馬を旅し、その魅力の片鱗を痛感することとなった前回の旅。1年3ヶ月ぶりとなる彼の地への訪問を目前に、浮足立った心持ちでE257系に乗り込みます。
あれ?赤羽ってこんなに荒川に近かったっけ。着席して落ち着く間もなく車内に響く、車輪の生み出す鉄橋の響き。慌ててサクラビールで東京脱出を祝い、さっそくお待ちかねの駅弁を開けることに。
今回選んだのは、JR東日本クロスステーションが調製する、日本ばし大増ブランドの江戸甘味噌カツ牛すき弁当。赤羽の構内に駅弁屋さんはなさそうだったので、あらかじめ新宿駅の駅弁屋頂で仕入れてきました。
ふたを開けると、その名の通りメインのおかず2種類がどんと現れます。まずは右側の江戸甘味噌を使用したみそだれがかかったとんかつから。
大豆を超えるたっぷりの米を使った江戸甘味噌は、贅沢品として戦時中に製造が途絶えてしまったそう。ですが戦後解禁され復活を遂げて以来、江戸時代からの食文化を今へと伝えています。
これまで、何度か口にしたことのある江戸甘味噌。西の白味噌のように豊かに甘く、それでいてきちんと存在感のある発酵した豆の味わいが印象的。このみそだれはそんな特徴を活かし、旨味の詰まったぽってり感がカツやご飯に相性ピッタリ。
左側は、これまた東京らしい甘辛味の牛すき煮。甘味としょう油感の拮抗する味付けは、郷愁を覚えるような慣れ親しんだお惣菜の味。昔を思い出させるような味わいに、久々に東京の駅弁を食しているという実感が湧いてきます。
甘さが勝つ訳でもなく、しょっぱさが前に出るわけでもない。昔はあまり得意ではなかったこのバランスも、今味わえばまた違った印象に。おいしいと感じるストライクゾーンが広がるということは、僕が生きてゆくうえでとても嬉しく大切なこと。
旅って、ありとあらゆるものの幅を広げてくれる。これまで出会えた様々な味覚がきっと、僕の好みを変えてくれたのだろう。そんなことを思いつつおいしい駅弁を味わっていると、車窓はのどかさを増し柔らかな緑が差し込むように。
高崎線の特急列車に乗るなんて、二十年近くぶりのこと。あのときは、初めての草津温泉への旅だった。古き良き国鉄型185系の回想に浸っていると、妙に幅の広い線路脇から分岐する明らかな廃線跡が。これは4年前まで、秩父鉄道の貨物支線として使われていたものだそう。
新幹線とも、湘南新宿ラインともまた違った旅の味。週末の観光客が放つ華やかな賑わい満ちる特別急行に、ある種正しき列車旅の系譜のようなものすら感じてしまう。
やっぱり特別急行は、味がある。時代を経て車両や乗客の雰囲気が変わっても、この急ぎすぎずでも着実に近づいてゆく感覚は何物にも代えがたい。そんな旅情に浸っていると、遠くに見えていた群馬らしいシルエットの山並みがもう目の前に。
赤羽から高崎線を駆けること1時間11分、草津・四万号は高崎駅に到着。列車はまだこの先まで行きますが、乗る予定の列車はこの駅始発のためここで下車。
15両編成が停車できる、僕にとっては馴染みのない長い長いホーム。その端まで行ってみると、遠くには渋い佇まいをした旧型客車が。生まれて初めては、学校に上がる前。そして最後に乗ったのは、もう20年以上も前。現役を知る世代ではないけれど、あのぶどう色に胸が熱くなる。
車内に漂うペンキやワックスの匂い、電車とは明らかに異なるリズムを刻むジョイント音。五感に訴えかける異空間の記憶が、一目見ただけで怒涛のように甦る。
久しぶりに、旧客に乗りたいな。あの懐かしき記憶に揺蕩い佇んでいると、乗車予定の上越線がホームに入線。
僕の物心ついたころにデビューした211系。今では貴重となったこの国鉄型の生き残りに、あと何年乗ることができるのだろう。そりゃ歳も取るはずだ。同世代が4両編成でのんびり佇む姿に、思わずそんなことを想ってしまうのでした。
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