鳥谷ケ崎公園からかつての城下町の記憶に触れつつ、のんびり歩いて花巻駅に到着。魅惑の湯への行き帰り、この駅舎を眺めるのはもうこれで何度目だろうか。その度ごとに、一層好きになる。きっとまた僕は、ここに戻ってくるに違いない
帰京まで時間はまだたっぷり。これから仙台まで、のんびり各駅停車の旅。愛する湯の郷に別れを告げ、上り列車の一ノ関行きに乗車します。
いつもの701系に揺られること20分、花巻から4つめの金ケ崎で途中下車。どうやらこの町では、藩政時代の歴史を感じることができるのだそう。
ここ金ケ崎は、北上川右岸における仙台藩北端の地。かつて城の代わりとして要害が置かれ、盛岡藩と接する重要な護りの地としての役割を果たしていたのだそう。
駅から歩くこと10分足らず、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている城内諏訪小路地区へ。ここから先はかつての侍住宅、いわゆる武家屋敷の街並みが遺されています。
小路へと入ったときから、眼を悦ばせる強烈な緑。土塀を模した形に刈り込まれた、初夏ならではの生命力を放つ生垣。あまりの繊細かつ鮮明なうつくしさに、思わず言葉も忘れてしまう。
新緑の季節ならではの瑞々しさを全身に浴びつつ歩いてゆくと、青々と生ける垣根から覗く茅葺屋根の枯れた色。はっとさせられる対比の妙に、早くもこの町に流れる世界観に圧倒されるばかり。
往時の町割りが今なお残る小路を進んでゆくと、赤い鳥居を発見。誘われるようにくぐれば、千年近くもの歴史をもつとされる金ケ崎神社が。木の風合いが歴史を感じさせる本殿で、初めてこの地を訪れることのできたお礼を伝えます。
境内を包む木々の合間から零れる、空の眩さ。導かれるように進んでゆけば、視界はぱっと開けこの絶景。この季節を凝縮したかのような、神々しさすら感じるあまりの鮮やかさ。その全てを初夏色に染められた北上川の展望に、突風が一気に胸の中へと吹き抜ける。
なんだろう、僕はとんでもないタイミングでここへと誘われたのかもしれない。この時期、この天候だからこその鮮烈さが、肌や網膜を突き抜けこころまで押し寄せる。
天から降り注ぐ初夏の漲り、耳へとそよぐ若葉の音。肌には木々を渡り歩いてきた風を感じ、そんな5月の洪水のなかに残る歴史を見つけ歩く静かな道。
諏訪小路から裏小路へと歩いてゆくと、途中金ケ崎城跡を指す道しるべが。住宅の合間の道を進むと、突如現れる巨大な広場。ここがかつての金ケ崎城、二の丸のあった場所。
来た道を引き返すと、目の前に見える存在感ある大屋根。この白糸まちなみ交流館は、築100年以上という古民家を移築したものだそう。
次なる見どころへ向かおうと道しるべに沿ってゆくと、車道から外れて並木の続く小径へ。先ほどまでの屋敷の並ぶ雰囲気とは一変し、旧街道を思わせる佇まい。古くからの道なのかと思いましたが、どうやらここは金ケ崎城の空堀だったようです。
空堀である片平丁を緑に包まれながら歩き、程なくして旧大沼家侍住宅に到着。奥の大きな主屋は江戸時代、真ん中の馬屋は明治時代、手前の厠は復元時に新築されたものだそう。これらの建物が並ぶ三ツ屋造りは、かつてはこのあたりの一般的なお屋敷の配置だったそう。
春から初夏へ、草花の息吹に彩られる屋敷の前の畑。その柔らかな色味に誘われ振り返れば、5月の陽射しを浴び鮮やかに咲く黄菖蒲と茅葺屋根の対比の妙。僕の生まれる少し前まで、日本のあちらこちらにこんな情景があったに違いない。
古くから護りの要所として、そして奥州街道の宿場として栄えた金ケ崎。その歴史を、『金ケ崎要害歴史館』に立ち寄り学んでゆくことに。
古代から続くこの地での人の営みや、延々と連なる塚を作る必要があったほどの伊達と南部の境界争い。これまで駅名でしか認識していなかった金ケ崎という地に関する展示を興味深く見てゆくと、江戸時代末期の様子を再現した侍屋敷の模型が。
初めて訪れた金ケ崎。半士半農であったというお侍の暮らしを感じながらの街歩きは、まだまだ続きます。
コメント