7月中旬、雨の東京駅。上野東京ラインの行き交うホームから、僕は旅立つ。いざ、5年ぶりの壮大な旅へ。あの日々を思い浮かべるだけで、抱えきれんばかりの期待で胸が苦しくなる。
今回初乗車となるE657系ときわ号。久々の常磐路にわくわくしつつ席に着き、列車がホームから滑りだしたところで旅立ちの祝杯を。これから向かう大地を暗示する、サッポロクラシック。その濃い味わいに、弥が上にもこころは昂るばかり。
シックな雰囲気の車内に常磐線特急の新たな魅力を感じていると、ときわ号は江戸川を渡り無事東京脱出。明るいうちに常磐線に乗ったのは、もう思い出せないくらい昔のこと。流れる車窓が新鮮で、年甲斐もなく景色を追うことをやめられない。
東北本線とも、高崎線とも雰囲気を異にする常磐線の車窓。僕にとっての印象は、とにかく平たい。手賀沼や牛久沼、霞ヶ浦といった湖沼近くを走り、大きな山もないことを地図では知っていたつもりだけれど、実際に乗ってみると本当に面白い。
そんな鉄ちゃん本能丸出しで流れる景色を眺めていると、車窓に現れる一面のレンコン畑。さすがは茨城名産。ぽつぽつと咲く花と大きな葉に、新蓮の瑞々しい旨さが想起される。
東京から新鮮な車窓を愉しみつつ走ること1時間半ちょっと、定刻より少し遅れてときわ号は水戸駅に到着。ここに降り立つのは15年ぶりのこと。そうか、まだあのときはまだ二十代だったのか。ツーデーパスでの節約旅行を思い出し、ちょっとばかり感慨に耽ります。
そしてここに来たら逢っておきたい、黄門さま。僕にとっての水戸黄門は、未だに西村晃に伊吹吾郎、あおい輝彦なんだよな。本当に、歳がバレるぜ。
黄門さま御一行へのご挨拶を終え、駅ビルのお土産屋さんや改札内のニューデイズで食料調達。そうそう、この瞬間がたまらない。今夜は船上で何を食べようかな。久々に味わう嬉しい迷いの感覚にゾクゾクしつつあれこれ買い込み、2両編成の『鹿島臨海鉄道』に乗り込みます。
ローカル線とはいえ、昭和末期に開業した大洗鹿島線。延々と続く高架を滑る気動車の車窓には、米どころ茨城らしい豊かな田園風景が広がります。
扇風機の回る古き良き第三セクターの情緒に揺られること15分、ついにこの壮大な旅の始まりとなる大洗駅に到着。港町らしく駅前に踊るカジキのモニュメントが印象的。
大洗の駅前からまっすぐ伸びる道を歩くこと15分、スーパー『セイミヤ』で最後のお買い物。重たい飲料やスーパーならではのお惣菜がフェリーターミナルのすぐ近くで手に入るのは本当にありがたい。そのすぐ横には、海を一望する大洗マリンタワー。晴れていれば、登りたかったな。
セイミヤから海沿いを歩くこと約5分、大洗港フェリーターミナルに到着。この港は、関東唯一の北海道への玄関口。そして僕が、船旅に恋をした想い出の港。今は亡き、愛らしいイルカのマークを掲げた東日本フェリー。巨大なびくとりに乗って室蘭へと渡った高校生の夏が懐かしい。
四半世紀も前の記憶に胸を焦がしつつ、僕を北の大地へと運んでくれる船とご対面。『商船三井さんふらわあ』のさんふらわあふらのが、これから1泊僕の宿。
バイク乗りや徒歩乗船、乗用車の同乗者で賑わうターミナル。荷物を置いてふらふらと散策していると、これから乗船する船と同型船のさんふらわあさっぽろの巨大な模型が。フェリーターミナルに置いてある船の模型、船会社ご自慢の船だぞ!という愛が感じられて僕は大好き。
徒歩乗船開始まではまだ時間がありますが、少々早めに乗船口へ。空港とは比べ物にならないほど、長い長いボーディングブリッジ。巨大な船体を見据えつつ、これからの船旅への期待を膨らませるこの瞬間が堪らない。
そしてついに来た、その瞬間。自動チェックイン機で発行された乗船カードのバーコードを読み込んでもらい、いよいよさんふらわあふらのの船内へ。エントランスでは北の大地を思わせる白樺の壁画に出迎えられ、早くも非日常感に圧倒されてしまう。
乗船口からエスカレーターに乗り5階へ。まずはプロムナードの席に荷物を置いて場所取りし、自分の寝床へと向かいます。今回予約したのは、カプセルタイプのコンフォート。寝具にハンガー、小物置きやスリッパまで必要十分快適装備。さあこれから苫小牧まで、頼んだぞ!
荷物を置いて寝床を整え、持参した島ぞうりと短パンに履き替え大浴場へ。船出前に、まずは旅の汗をさっぱりと。みんな同じことを考えているようで結構な賑わいですが、広々とした浴室はそれほど混雑を感じさせません。
船上での湯浴みという至極の非日常に火照ったところで、プロムナードに陣取った席で湯上りのビールを。そのお供には、水戸といえばの納豆のお菓子。乾燥納豆と軽い食感のもち米のパフが香ばしい海苔で巻かれ、これだけでお酒がぐいぐい進んでしまう。
2017年に竣工したさんふらわあふらの。ここ最近乗ったフェリーでは一番新しく、ナチュラル感ある居心地の良い雰囲気に早くも惚れ惚れしてしまう。船客の集うプロムナードは吹き抜けになっており、これがこれから太平洋を航行する乗り物だとは思えない開放感。
冷たい金星をぐいっと飲み干し、いよいよ船上での宴の始まり。今夜の主役は、地元大洗の月の井純米。酸味や日本酒らしい香りをぐっと感じる、食中酒にもってこいの旨い酒。
そんな地酒のお供にと選んだ2品。茨城の郷土料理であるそぼろ納豆は、割り干し大根と水戸名産の納豆をしょう油漬けにしたもの。大根のポリポリとした食感と風味、それをまとめる紛うことなき豊潤な納豆感。ちょっとこれ、納豆好きの吞兵衛は瞬殺だわ。
セイミヤでは、鯉のうま煮を購入。スーパーのお惣菜と侮るなかれ、これがまたびっくりするおいしさ。しっかり煮込まれた身は旨味が凝縮されホクホクに、皮はぷりんとしたコラーゲン感。さらに驚いたのが、内臓の旨さ。東北や信州で食べるのと遜色ない旨さをお惣菜で味わえるなんて。茨城県民、ずるいぞ。
やっぱり今度は、しっかりと茨城に旅しに来よう。茨城の恵みに舌鼓を打っていると、いよいよ出港のときが。巨大な船は器用に離岸し、ゆっくり、ゆっくりと遠ざかりゆく大洗の港。18時間弱の船旅の幕開けに、月の井の旨さは一層深まるばかり。
おいしいつまみに心地よく酔い、続いて今宵のメインディッシュ。水戸のしまだフーズが調製する駅弁、あんこう三昧弁当を開けることに。
三昧の名の通り、ご飯の上にずらりと並ぶあんこう料理。唐揚げはほくほくとした身質がおいしく、薄味の味噌煮はあんこうの持つじんわりとした白身の滋味を味わえます。
大ぶりのあん肝は間違いのない濃厚さで、月の井のアテにもってこい。添えられた煮物やわらびも優しい味付けで、これまた穏やかな味噌の炊き込みご飯との相性もばっちり。
本当に、今度きちんと茨城に来なきゃだな。泊まりたい宿の目星もついているので、あとはその機会をうかがうだけ。そんな妄想を捗らせる、次なる茨城の酒。笠間市は磯蔵酒造の稲里純米、日本酒らしさを力強く感じるおいしいお酒。
ずっと降り続いていた雨もいつしか上がり、船旅をダイレクトに味わえる展望デッキへ。扉を開けた瞬間、全身を包む洋上の風。ファンネルからは力強いエンジンの響きが耳を悦ばせ、足元からは蹴散らす波音が海上に居ることを実感させてくれる。
あぁ、本当に最高だ。船旅でしか味わうことのできぬ至福に揺蕩い、ぼんやり眺める暗い海。遠くに煌めく沿岸の灯り、それが上下する様に実感する海の鼓動。この瞬間に再会したく、この旅を決行した。船に抱かれるという唯一無二の感覚に心酔し、旅の歓びを心の奥底から噛みしめるのでした。
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