浜厚真から北海道の夏をじりじりと感じつつ歩くこと20分、苫小牧東港周文埠頭フェリーターミナルに到着。ここにこうして立つのは5年ぶり。再びあの船に逢えるかと思うと、もう嬉しくて嬉しくてたまらない。
ちなみに、苫小牧のメインのフェリーターミナルは先ほど上陸した西港。一方で、『新日本海フェリー』が発着するのはここ東港。
距離としては20㎞以上離れており、南千歳駅発の予約制連絡バスは苫小牧駅を経由せず。今来た浜厚真駅からのルートも列車の本数が限られ、日が暮れると真っ暗になり歩ける道ではないそうなので、徒歩乗船で旅程を組む際は要注意です。
あんなに急いでお寿司を食べなくても良かったかな。そういえば、前回は一本後の17時台の列車で来たんだっけ。
港に着いてもまだ船の姿はなく、西日の射すターミナルで過ごすひととき。自分ではどうにもならない余白に身を委ねぼんやり待っていると、ついに僕を越前の地へと連れて行ってくれるらいらっくがゆったりと入港。
でもこの時間すら、愉しく思えてくるのだから仕方ない。そもそも、効率や旅先での予定の充実を求める旅ではない。フェリーに乗る。しっかりと休みを取れたときのみに許される、僕にとっては最上級の非日常。時折ぽっかりと姿を現す、無の時間。それすら愛おしく思える人こそ、船旅に向いている。
2時間後の列車でも十分間に合ったけれど、やっぱり今日は早めに来て正解だった。ゆっくりと慎重に、しかし確実に近づいてくるらいらっく。接岸という船にしか演出できない厳かな儀式を、時が経つのも忘れて眺めます。
乗船開始まで、まだまだ時間はたっぷり。新潟から一晩掛け、遠路はるばる日本海を渡ってきたらいらっく。その雄姿を感じるため、ターミナルを出て岸壁へと向かいます。
先ほどまではあれほど暑かった気温も、日が翳りはじめると一気に涼しく。甲板に席を取るつもりだったけれど、プロムナードに変更かな。早くも今宵の宴への妄想を浮かべ、これから待ち構える自由しかない時間にひとりにやけが止まらない。
北海道のカラッとした心地よい空気に包まれ、間近に感じるらいらっく。品位すら感じさせる純白の船体、そこに伸びやかに描かれる濃淡ブルー。やっぱり僕は、恋をしているんだな。3度目となる新日本海フェリーとの対面に、胸の奥が一気に熱を持つ。
肌寒さすら感じさせる風に吹かれ、再び待合ロビーへ。延々と吐き出される乗用車やトレーラーを眺め、それが途切れたかと思えば車やバイクの乗船開始の放送。早めに乗船口に並びはじめ、いよいよ迎えたその瞬間。長いボーディングブリッジを浮足立つ気持ちで渡り、5年ぶりにらいらっくの船上の人に。
乗船したら、まずは吹き抜けの階段を登り4階へ。この船にはたっぷりと席が用意されているためこの日の乗船率では焦ることはありませんが、やっぱり座りたい窓側の席を陣取ります。
無事に今宵の宴の会場を定め、いざ自室へ。前回はゴールデンウイーク終盤だったため、二段寝台タイプのツーリストBを辛うじて確保。ですが今回は、希望通りカプセルタイプのツーリストAを予約。それも壁際窓側下段という、プライベート感たっぷりの一番いい席を事前に指定。さあこれから敦賀まで、2泊3日頼んだぞ!
荷物を下ろし、短パン島ぞうりに履き替え大浴場へ。それにしても、今日は半日よく歩いた。ディーゼルのゆったりとした鼓動を感じつつ、とっぷりと湯船に浸かり疲れを癒します。
ちょうどお風呂から上がろうと思ったところ、なんだかエンジンのリズムに変化が。あ、これは!そう思い身支度を整え甲板へと出てみれば、ゆっくりと遠ざかりゆく岸壁。
なぜこうも、船出というものにはいくつもの感情が重なるのだろう。これから向かう未知なる地への期待、半日を過ごした北の大地との別離の寂しさ。白熱灯に照らされた甲板には、そんな重ねてきた航海の旅情が染みついている。
出港という船旅にしか許されぬ情緒に身を染めるべく、船尾のデッキへ。するとそこに広がるのは、あまりにもうつくしい空の色。昼から夜へ。その移ろいが色彩となり、北の大地を吞み込んでゆく。
北海道、また逢おう。滞在6時間で離道なんて、まさか自分がそんな旅をすることになろうとは。計画したときは、さすがに馬鹿ではないかと思っていた。でもこうして歩んでみると、目的地という点ではなく旅路という線としてしっかりと質量を持ってくれた。
海上を渡る涼しい風に吹かれつつ、のんびり味わう冷たいビール。暮れゆく空のグラデーション、大海原に備え煙を吐く巨大なファンネル。楽しそうな船客で賑わう、夕食時のレストラン。旅情の詰まったこの光景だけで、なんだかもう胸がいっぱいに。
出港という船客のみが味わえる壮大な儀式をひとり噛みしめ、体も冷えはじめたところでそろそろ船内へ。その前に、もう一度だけこの暮れゆく空を刻んでおこう。
胸に来るような船出の情緒に心酔し、その感動のまま宴を始めることに。ビールに合わせるのは、周文埠頭フェリーターミナルの売店で買った焼鮭チーズ。言わばチー鱈の鮭版なのですが、これがまた逸品。鮭の濃い旨味がチーズと融合し、お酒を飲む手が加速する旨さ。
ロング缶を飲み干し、いよいよ宴の本番へ。今夜の主役は、新十津川は金滴酒造の醸す新十津川特別純米酒。地元のお米にこだわって醸したというお酒は、旨味や香りがありつつするりと飲みやすい旨い酒。
つまみには、ドン・キホーテで仕入れたこの2品。北海道産ホタテフライはほたての甘味がしっかりと感じられ、早くもこれドンキなの?とちょっと驚き。
そしてさらにびっくりしたのは、礼文島産の真ほっけ塩焼き。まあお惣菜だからな、北海道に来た気分でも味わえればな。そう自分の中でのハードルを下げつつ、ラップを開封。あれ?ちゃんと焼いた魚の香りがするんですけど?もしやこれは?と思いつつ箸でほぐして口へと運べば、じゅんわり広がる脂と香ばしさ。
東京で食べる真ほっけって、正直縞ほっけに比べ物足りない感じがしていた。でもこのほっけはきっちり脂と旨味がのっている。さらに、調理されてから時間が経っているにもかかわらず、きちんと感じられる焼魚の薫香。北海道のお惣菜のレベルの高さに驚くと同時に、東京のそれがちょっとばかり哀しく感じてくる。
きちんとおいしい北海道の幸に、もうすっかり居酒屋気分。旨い金滴もするする進み、道産帆立とあさり飯重で〆ることに。旨味の詰まったベビーホタテとあさりがたっぷり載せられ、程よい塩梅の甘辛さがお酒にまたぴったり。
お酒をちょっとばかし残し、夜のデッキへ。足元に伝わる機関の鼓動、全身を包む風と波音。遠くに連なる街あかりがきらきらと瞬き、漆黒の海に光を落とす月の明るさに息を呑む。
船上からの夜景にこころ奪われ、船旅の情緒にどっぷりと染まり再びプロムナードへ。時刻は22時過ぎ、静けさの訪れたパブリックスペース。就航から22年を経たらいらっく、その歴史を滲ませる雰囲気が僕は好き。
社会人としては、僕のふたつ後輩か。同じ時代を生きてきたんだな。なんとなく親近感の湧く船に抱かれ味わう旨い酒。それも飲み干し、そろそろ寝るか。船は恵山岬の沖合へと差し掛かり、もうすぐ津軽海峡横断へ。
5年ぶりとなる再会の歓びを噛みしめつつ自室へ。あのときまだ僕は、三十代だったんだな。全くの畑違いの部署への異動を乗り越え、人並みの生活を送れる嬉しさを噛みしめた人生二度目のGW。それから再び元の職種に戻され、立場は変わり。それでもまたこうして、この船に揺られることができるとは。
前回は、秋田を経由し新潟までだった。でも今回は、そのさらに先の敦賀まで。2泊3日、たっぷりと与えられた船上での自由。まだ見ぬ地へと思いを馳せるには、十分だろう。
装飾や売店のお土産、レストランのメニューと、様々なところで寄港地への愛が散りばめられた新日本海フェリー。時に荒れ狂う日本海を安定的に結ぶという強い意思が滲むようで、交通機関としての気位というものを感じずにはいられない。
きそやさんふらわあふらののようなクルーズ感溢れる雰囲気も良いけれど、新日本海フェリーに漂う質実剛健で実直な雰囲気が好きで堪らない。それらは甲乙つけがたく、だからこそこうして太平洋から日本海へとはしごしたくなる。
苫小牧敦賀間のメインルートは直行便。そちらに乗れば深夜に出て翌夜着と、21時間で着いてしまう。でも僕は、敢えて時間のかかる寄港便で未知なる地へと向かいたい。その34時間が、一生物の想い出になることを知っているから。
週に一往復だけ、新潟から敦賀まで足を延ばす寄港便。たまたま日程がぴたりと合ってくれたからこそ、こうしてらいらっくで敦賀へと渡れる。これは、ある意味運命であると思いたい。5年ぶりの新日本海フェリーに抱かれ、僕はさらに深い恋へと落ちてゆくのでした。
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