吉野川の刻んだV字谷の迫力を生で感じ、大歩危峡まんなかの目の前に位置する大歩危峡バス停から『四国交通』の祖谷線に乗車します。
先ほど歩いた道を南下し、駅からは吉野川を離れ西へと向け走るバス。ヘアピンカーブを繰り返すごとに、標高が上がってゆくことを感じさせる車窓。本当に、四国って山深いんだな。
ついには、周りの山々と肩を並べるほどの高度感に。延々と、折り重なるようにして連なる黒い山並み。いま自分は、四国山地の真っ只中にいる。地図では知っていたつもりでも、この光景を目の当たりにしてこそ実感というものが湧いてくる。
四国の山深さに圧倒されつつ走ること30分足らず、バスは終点のかずら橋夢舞台に到着。ここは道の駅のような施設になっており、大きな駐車場にお土産屋や食堂が併設されています。
時刻はお昼過ぎ、まずは名物で腹ごしらえ。夢舞台をはじめかずら橋周辺にはいくつか食事ができるところがありますが、今回は『いこい食堂』にお邪魔してみることに。
かずら橋を眺めつつ瓶ビールを飲んでいると、注文したでこまわしが運ばれてきます。これは祖谷地方の郷土料理だそうで、いわゆる田楽のようなもの。しっとりとしたじゃがいも、しっかりとした食感と豆の濃さを感じさせる岩豆腐、そしてこんにゃくが串に刺され、塗られた甘めの味噌が素材の味を引き立てます。
素朴な山の恵みを味わっていると、続いて祖谷といえばの名物であるそばが。今回注文したのは、冷たいとろろ山菜ぶっかけそば。こちらのそばは手打ちだそうで、ちらりと覗く麺の太さに目を奪われます。
その太いそばをずるりと啜れば、口中を満たす存在感。見た目から想像していたような硬さは感じず、もっちもっちとした独特の食感。噛んでゆくと甘味が広がり、「俺は主食としてのそばだぞ!」と主張しているよう。
そんな力強いそばに風味を添えるとろろ、しゃきしゃきとした歯ごたえを楽しめる山菜。それらの具とともに手繰ってゆけば、この丼一杯のそばでは感じたことのない食べ応え。
祖谷そばの力強いおいしさに満たされ、いよいよかずら橋へと向かうことに。その前に、お店のすぐ近くに位置する琵琶の滝へ。ここ祖谷は、平家の落人伝説が残る地。都を偲びここで琵琶を奏で慰め合ったことから、この名が付いたそう。
その先には、きれいに整備された遊歩道が。階段を下ってゆくと祖谷川の川原まで下りることができ、美しい流れと荒々しい岩の共演を間近に感じることが。
そして下流へと目を向ければ、渓谷の上に架けられた心許ない吊り橋。これが日本三奇橋のひとつとして名の挙がる、かの有名な祖谷のかずら橋。
その名の通り、かずらの蔓を編んで作られているかずら橋。源氏の追手が攻めてきた際に切り落とし渡れぬようにするため、平家の落人がこのような形で橋を架けたそう。国の重要有形民俗文化財としても登録されています。
あれは確か高校1年生だっただろうか、旅行業の勉強をしていたときに存在を知った祖谷のかずら橋。それ以来、ずっとずっと来てみたかった憧れの場所。長年の念願がようやく叶い、もう間もなく迎える渡橋の瞬間。それにしても、この構造美には圧倒される。
一度は吊り橋に姿を変え、その後昭和3年に復活したというかずら橋。それ以来重要な部分にはワイヤーが用いられ、現在のワイヤーも昭和54年に張り替えられたものだそう。
つまり、天然素材のかずらはいわゆる装飾用。だから安全なことには間違いない。そう頭では知っていても、実際渡りはじめると怖いこと。ゆらゆらと揺れる吊り橋、その手すりがこれなのだからまた掴みにくい。
そして足元はといえば、このすかすか感。肝心の踏板は異様に細く、よく足元を見ていないと踏み外してしまいそう。でもよく見てしまうと、その先の川がどうしても視界に入る。ちょっとこれは、高所恐怖症の人にはおすすめできないな。
ゆらゆらとした揺れ、掴みにくいかずらの蔓。背筋を寒くする足が抜けそうな橋床と、その先を勢いよく流れる川。それらが絶妙に組み合わさり、みんな一様に腰が引けている。僕も同じくひぃひぃ言いつつ、対岸まで無事到着。
いやぁ、いい体験ができた。安全だと知っていても、これだもん。昔は川の対岸に渡るだけでも、命がけだったのだろう。天然素材に包まれたかずら橋で古の渡橋を疑似体験し、いま安全に道を行き交えることのありがたみを噛みしめるのでした。
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