2月上旬、冬晴れの東京駅。12月に勤務サイクルが変わり、しばらくは旅は無理かと半ばあきらめていた。それが再び、ここにこうして立てるとは。そんな僕の昂りを悟ってか、陽射しを受け輝くE5系。その溢れんばかりの眩さに、目を細めずにはいられない。
やまびこ号は、終点盛岡を目指し定刻に発車。すれ違う山手線に日常との別れを噛みしめつつ、まずはプシュッと祝杯を。それも今回は、新たな相棒となるPENくんと発つ初めての旅。レンズ越しに、一体どんな景色をこころへと届けてくれるのだろう。その期待感が、金星をいつも以上に旨くする。
十年という長い月日を共にした、MX-1。この瞬間を、これまで幾度一緒に迎えただろうか。そして今日からは、PENくんと共にその先へと繋いでゆく。そんな万感の想いを抱きシャッターを押す、記念すべき初の東京脱出。
金星を飲み干す頃、大宮を過ぎて速度を上げてゆくやまびこ号。流れはじめる車窓の軽快さに誘われ、お待ちかねの駅弁を開けることに。今回選んだのは、一ノ関は斎藤松月堂の調製する鮭いくらまぶし弁当。
まずは南部美人で迎える準備をし、岩手発の文字のおどる掛け紙を外す。すると現れるのは、これぞ王道の駅弁といった潔さを感じさせるこの表情。
これから5日間を過ごす岩手、彼の地に想いを馳せつつひと口。まず驚くのは、ご飯の旨さ。もっちもちとした食感でありながら、粒が潰れていない。最近の駅弁は昔に比べ格段にご飯がおいしくなったけれど、ちょっとこれは凄いと思う。
そんなもち甘のご飯を彩るのが、粗くほぐされた焼鮭。これはいわゆる鮭フレークのようなものではなく、明らかに焼いた鮭をほぐしたのだろうと感じられる香ばしさと凝縮感。じんわりと詰まった鮭の魅力が、ほどよい塩気とともに箸を止まらなくする。
散らされたいくらも大粒で、ぷちっと弾けるとともに広がる濃厚な旨味が堪らない。ほんのり甘い玉子焼きや明太白滝、だしの染みた薄味のふきの煮物と、副菜ひとつひとつがおいしいのも心憎い。
ちょっとこれは、これまで出逢ったはらこ飯系の駅弁の中でもかなりの好み。わしわしと頬張り、ふと我に返りときおり挟む南部美人。旅立ちから早くも岩手の魅力にやられていると、車窓には青く染まる那須の山並みが。
2か月前に青森へと駆けたときは雪のなかった南東北も、もうすっかり銀世界。白河の関、福島盆地、仙台平野とアップダウンを繰り返してゆく東北新幹線。トンネルを抜けるごとに雪の量に差が現れ、モノクロームに宿る表情の豊かさにこころを奪われる。
東京からグラデーションのように雪国へと移ろう車窓を愛でること3時間5分、やまびこ号は新花巻に到着。いくつもの魅惑の湯宿が待ち構える、禁断の地。そんな花巻も冬に訪れるのは18年ぶりのため、弥が上にも期待は高まるばかり。
駅前のお土産屋さんで二晩のお供を仕入れ、駅前のロータリーへ。もうすっかりおなじみとなった、花巻南温泉峡無料送迎シャトルバスに乗車します。
新花巻を出発し、経由地である花巻駅を目指し走るバス。あたりは一面雪に覆われ、これまで訪れた季節とはまた違った表情に。そんななか、ふと現れる見覚えのある小河川。北上川へと通ずるこの河口で鮭の遡上を目の当たりにした、あの想い出深い旅がつい昨日のことのように思い出される。
そうか、あれからもうすぐ10年か。あの旅は、社会人になり15年頑張った自分へのご褒美だった。そして今年、まもなく迎える25年。この十年で色々あったし、でもそう懐かしむことができる心の余裕も持てた。あのときの僕には、今の自分は想像すらできなかったな。
これから向かうは、大沢温泉。そこは期せずして、自分的節目に訪れてきた大切な宿。今回は、どんな節目になるのだろう。そんな想いをほんのり浮かべ、岩手らしさを感じさせる冬の情景にこころを委ねるのでした。
コメント