12月中旬、東京駅は東北新幹線ホーム。再び僕は、ここに立っていた。行けるときに、旅しておこう。その予感は的中し、異動により連休のない勤務に。あぁ、奔放に旅しておいてよかった。そう若干意気消沈したのも束の間、休みませんか?との嬉しいお言葉が。
代わりの人を見つけないと休めない立場、有休が余りまくっているのでお願いします!と即答。嬉しい、本当に嬉しい。その勤務が明けた日に予約サイトを全力で横断し、ここだ!という行き先を見つけ今日という日を迎えたのです。
嬉しいなぁ、ありがたいなぁ。久方ぶりの有休の悦びを噛みしめつつ金星で祝杯を挙げていると、はやぶさ号は荒川を渡り無事東京脱出。この瞬間、僕は日常の全てから解き放たれる。
大宮を過ぎ、黒ラベルも無くなったところで駅弁を開けることに。今回選んだのは、富山のますのすし本舗源が調製するぶりのすし小箱。ここのますのすしは何度も食べましたが、ぶりは初めてなので小躍りしつつ封を開けます。
太い輪ゴムでがっちりと押さえられた蓋を開けると、期待通りのぎっちり感。食べる前から、もうこれ絶対好きなやつ。しょう油をちょろりと垂らしひと口頬張れば、すぐさまうわぁ旨めぇと声が出る。
主役のぶりは、〆られつつも脂ののりを残す絶妙な塩梅。そのぶりの存在感をさっぱりさせてくれる、瑞々しさを感じさせる薄切りのかぶ。千切りのにんじんは甘味と風味を添え、富山といえばの昆布もまた心憎い。
ちょっとこれは、ますのすしを超えてきたかも。同じ北陸の酒加賀鳶との融合を愉しみつつ眺める、冬の車窓。いつも楽しみにしている奥羽の山々は、今日は天気は悪くないながらも雲の中。まあいつも写真を撮るのに忙しい面もあるので、今日はゆっくりとE5系に身を委ねることにしよう。
岩手北部でようやくうっすらと姿を見せ始めた雪。そりゃまだそこまで積もる時期でもないか。そう思いつつ突入する、長大な闇。漆黒の八甲田トンネルを抜けた途端、思わず声をあげてしまうほどの銀世界。青森、すげぇや。
いつ乗っても、その速さに相反する安定感に感動するE5系。3時間10分の旅もあっという間、終点の新青森に到着。コンコースには、多くの旅人を出迎える県内各地のねぶたやねぷた。この瞬間、僕のこころは一気に津軽色に。
新幹線型の金魚ねぶたやこけし、りんごだるまといったかわいいねぶたの並ぶ一画も、今はクリスマス仕様に。そうか、あと十日も経てばその時期か。歳を追うごとに時の流れが速すぎて、年末が近いという感覚など全くないな。
鮮やかな色彩に迎えられ、津軽へ来たという実感を抱きつつ在来線ホームへ。ここから奥羽本線に乗り換え、ひとつ隣の青森駅を目指します。
新青森から青森までの区間なら、特急券なしで乗れるスーパーつがる号。自由席に腰掛け白銀の車窓を眺めれば、盛岡や八戸から鉄路で函館へと渡ったあの頃の懐かしい記憶が甦る。
新幹線開業前の想い出に感傷を抱く間もなく、6分で終着の青森に到着。改札口を出てみれば、ずっと工事していた駅ビルが完成している。新しくなってからは初めてだな。そう期待と若干の切なさを感じつつ外へと出てみれば、外壁と同化はしているけれどあの「あおもり駅」の文字が。
全く様変わりしてしまった駅舎に残された、懐かしい旧駅の記憶。やっぱりここに来たら、ひらがなのあおもりを見なければ。真新しいビルに想い出の残像を投影しつつ、ロータリーを挟んで駅の真向かいに位置する『ホテルルートイン青森駅前』へと入ります。
ビジネスホテルでも宿泊費が高騰しつつあるこのご時世、駅正面という素晴らしい立地にもかかわらず良心的価格のありがたさ。シングル客室には寝心地のよい大きめのベッドが置かれ、大浴場があるのも嬉しいところ。
部屋で1時間ほどごろごろし、アウガの地下の市場で翌日からの夢の相棒を仕入れたところで夕食をとることに。今回は絶対ここと決めてきた想い出のお店、『居酒屋おさない』にお邪魔します。
このお店の1階は、朝から開いている食事処。四半世紀前、高校卒業を控えたあの日。上野から今はなき寝台特急はくつる号に揺られ、生まれて初めて降り立った青森駅。客車特有のぬくぬくとした空間から放り出された冬の朝、しばれる寒さのなか見つけて入ったのがこの食堂だった。
そのとき食べたいかのおいしさにも驚いたが、もっと嬉しかったのが豊かな小鉢だった。そしてお酒が呑める年齢になり、ここ2階を訪れたのがもう十年近くも前。それ以来となる再訪の歓びをひとり静かに噛みしめ、迷いつつも厳選した好みの品を注文します。
まずは天然ひらめ刺身から。しっとり、もっちりとした身に宿る、白身ならではの深い滋味。えんがわはコリっとした食感ののち、じんわり広がる上品な脂が堪らない。
すぐさま津軽の酒豊盃に切り替え、続いてほたてひも刺身を。お刺身といったら貝柱のイメージのあるほたてですが、ここで食べるひもの刺身はまさに絶品。
こりしゃきの嬉しい歯ごたえ、主張しすぎずの磯の香りとともに染み出る旨味と甘味。新鮮なものが手に入る産地でしか味わえない、本当の贅沢というものがここにある。
そして大好物の、すけそうたらの白子煮。見た目通り、薄味の上品な味付け。甘味のないほど良い塩梅が白子の豊かさを最大限に引き立て、もう豊盃のブレーキが利かなくなる。
あとはもう、ホテルに帰って寝るだけ。もっと豊盃を味わってやろうと、続いて二品を追加。かすべの煮付けは、甘味のないすっきりとした薄めのしょうゆ味。だからこそ活かされる淡白なエイの旨味、そして嬉しい軟骨の歯ごたえに思わずにやけてしまう。
そしてこれまた珍しい、ほたての卵のバター炒め。ほくほくのほたての卵と白子を、ねぎとともにシンプルにバター醬油で。もうこれ、旨くないはずがない。せっかく青森に来て貝柱を食べないのもどうかと思うが、ひもや卵が主役なんてそれこそここでしか味わえない。
あぁ、今回も本当に旨かった。でもそういえば、前回もほとんど同じものを頼んだ気がする。10年経っても、好みって変わらないものなんだな。そうひとり苦笑いしつつお店の外へと出れば、空から勢いよく舞い降りる白い雪。
久しぶりの雪に思わず嬉しくなり、酒瓶の入った重たい袋を提げつつ食後のさんぽへ。頬を刺す冷たい夜風、足元に感じるふかふかキュッキュッとした心地よさ。
この白さに逢いたいがために、ここまで来た。旅先を青森に決めて良かったと早くも悦に入りつつ振り返れば、いつもとは違う色に照らされた海峡の女王が。今年就航60周年を迎えた、青函連絡船八甲田丸。その記念にライトアップされたこの姿は、今しか見られない特別なもの。
対岸の青い海公園には、ラブリッジよりもさらに深い積雪が。今年の2月、秋田の大釜で初陣を飾った二代目ティンバー君。これから一緒に、こうしてどんどん雪を踏みしめていこうな。
白い雪と漆黒の海越しに優美な女王を眺めていると、突如ぱーんと大きな音が。え?と思いその方向を見てみれば、雪舞う夜空を染める花火が。なんだかもう、青森に歓迎してもらえているようで嬉しくなる。
旅の序盤から冬の青森を全身に浴び、さすがに芯から冷えたところでホテルへと戻ります。その道中、近道にと通る駅前銀座。今日は定休日で閉まっているお店が多いようですが、いつかはこの昭和の情緒を残す横丁でも呑んでみたい。
大浴場で解凍され、ぼんやり過ごす無の時間。そんな穏やかな夜に欠かせないのは、その地の恵み。まずは弘前銘醸の弘前城純米酒を開けることに。
津軽らしい辛口のお酒を含みつつふと窓の外に目をやれば、狭い空から絶えず降りてくる雪。その白さが、どんどん僕のこころへと積もってゆく。
しんしんと雪降る静かな夜。そんな穏やかな時の流れに揺蕩うべく、続いて八戸酒造の陸奥八仙特別純米を。
すっきりと飲みやすい、それでいて米と酸味を感じさせる旨い酒。ちびりとやり、舞う雪を見る。明日からは、さらに冬の核心へ。冬を待つのではなく、迎えに行く。あの白さに抱かれる時間を夢見て、ひとりじんわりと酒に酔うのでした。
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