大沢温泉で迎える静かな朝。障子を開ければ、今日もしんしんと舞い散る雪。その清純な白さに誘われ大沢の湯へと向かい、豊沢川を渡る清冽な朝の空気のなかその温もりを嚙みしめます。
水墨画のような世界にぽつんと、ひとり静かに身を委ねる朝風呂の心地よさ。初めて出逢えた大沢の冬をこころに刻んでいると、あっという間にもう朝食の時間。焼鮭に割り干し大根の炒め煮、昆布やたらことともに、熱々のひとめぼれをしっかりおかわり。
おいしい和朝食に満たされ、お茶をすすりつつぼんやり眺める木の温もり溢れる店内。明日もこんな朝が来てくれたら。そんな未練を断ち切り、湯治の強い味方やはぎに別れを告げます。
荷造りを終え、最後に大沢の湯に抱かれ愛する宿を去ることに。今回も、本当に良い時間を過ごさせてもらった。だからこそ、別れが一層切なくなる。もう一度だけ振り返り、雪に染まる江戸生まれの湯宿の情緒を胸の奥へと収めます。
山水閣から送迎シャトルバスに乗り、花巻南温泉峡の各宿を経由しつつ約40分。降りしきる雪の中凍えるように佇む花巻駅に到着。
18年ぶりに、冬に訪れた花巻。思い描いていた以上の雪景色に出逢え、魅惑の湯に溢れるこの魔境への想いは一層強まるばかり。今回もありがとうございました。また必ず、戻ってきます。頬を打つ雪の冷たさに再訪の願いを託し、いつもの701系に乗り込みます。
モノクロームに染まる車窓に南部の冬を感じること40分、盛岡駅に到着。ここが次なる目的地への玄関口。久々となる温泉宿のハシゴに、思わず心が昂ってしまう。
当初は盛楼閣で冷麺を食べようかと考えていましたが、外に出てみると結構な寒さ。そこで急遽予定を変更し、唯一無二のあの麺と再会するため『柳家』フェザン店にお邪魔することに。
列に並び待つことしばし、観光客より圧倒的に地元の方で賑わう店内へ。すでに充満する魅惑の香りにそわそわしていると、ほどなくしてお待ちかねのキムチ納豆ラーメンが運ばれてきます。
納豆汁から生まれたというこのラーメン。粒つぶは見えませんが、スープの中にしっかりと溶け込んでいる主役の納豆。熱々のスープをひと口啜れば、とろみとともに口中に溢れるその旨味。納豆感はあるものの、特徴的な匂いはそれほど強くは主張しない。
そしてもう一つの主役であるキムチも、酸味や辛味、旨味をしっかりと演出していながら強すぎない。全体的にまろやかでとろんとした濃密スープに、またひと口、もうひと口と止まらなくなってしまう。
続いて、小麦から自社で育てているという麺を。中太の麺はぷりっとなめらかで、噛めばもっちりとした食感と広がる小麦感が堪らない。しゃっきりとしたもやしや旨味を添えるひき肉、甘味が嬉しいコーンと共に啜れば、豊かな旨さに満たされる。
個性があって濃厚だけど、でもどことなく優しい表情を持つ魅惑の一杯。旨い旨いとため息をつきつつ半分ほど食べ、ついに卵の甘美に手を伸ばす。艶やかに光る卵黄を割れば、これがまた至福の味わいに。コクとまろやかさの増したスープをまとう麺を次々と啜り、最後の一滴まで残さず平らげもう大満足。
あぁ、やっぱり最高に旨かった。どうしても冷麺やじゃじゃ麵に行ってしまいがちだか、改めてこうして味わうとその旨さが沁みすぎる。もうこれは、盛岡四大麺だよ。また新たな悩みの種が増えてしまった。そんな納豆好きには堪らぬ魔力にこころ射抜かれ、ほくほく顔でお店を後にします。
キムチ納豆の余韻に浸りつつ、駅ビルでこれから二晩のお供を購入。重たくなったリュックを携え、バスロータリーから『岩手県北バス』の松川温泉行きに乗車します。
日に3本しかないバスに揺られ、これから過ごす時間に期待を抱きつつ見つめる車窓。分厚い雲の奥には、うっすらとその気配を漂わせる岩手山。
大更を過ぎ、だんだんと増してゆく雪深さ。車窓を染める銀世界に、待ち構える雪見露天に思いを馳せる。3度目となる想い出の地、松川温泉。そこで出逢えるであろう新たな魅力にこころ躍らせ、白銀の眩さに目を細めるのでした。
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