この時期ならではの盛岡の表情をぐるりと満喫し、そろそろ駅へと戻る時間。行きはバスで渡った開運橋、別れ際に改めてご挨拶することに。
弱まりはじめた陽射しのなか、静かに佇むアーチ橋。架橋後72年を経て、今なお現役を続ける古老の姿。その足元には、これまで気づかなかった構造物が。おそらく先代のものと思われる橋脚跡が、水位の下がった北上川の水面から姿を現しています。
明治時代の盛岡駅開業に合わせ、初代が架けられた開運橋。それから3代に渡り、玄関口である駅と市街地を繋ぐという大切な役目を担い続けています。
着任時は遠くまで来てしまったものだと泣き、任期を終えるとこの街から離れがたいと泣く。そんな転勤族の語り草から、二度泣き橋の異名を持つというこの橋。一体どれほどの人々が、橋上からこの眺めを目にしたことだろう。
北上川の流れと、雲の奥に居るはずの岩手山。旅の終わり、夕刻前。そんなありがちな若干の感傷にこころを震わせ、帰宅の途につく人々で賑わいはじめる駅へ。
お土産を買い込み、あとはもう新幹線に乗るだけ。安心して飲んだくれる準備をしたところで、この街に来たら絶対寄りたい『ももどり駅前食堂』へとお邪魔します。
おととしに初めて訪れ、すっかりファンになってしまい4度目の訪問。今回も、ここに来たら食べたい沢内わらびのお浸しからひとり開宴。
しゃっきりとした歯触り、わらびの持つ心地よいぬめり。瑞々しさとともに広がる山の滋味に、一体どのようにしてこの季節まで保存しているのかと気になってしまう。
続いては、岩手内陸部の名物だというビス天。もう持ってきてもいいですか?と注文時に聞かれ、そうか食後のデザートにという人も多いのかとハッとする。吞兵衛の僕は、もちろんつまみで。
気持ち厚めのほっこりサクッとした衣、その中からはふんわりと良い香りを放つビスケット。サクッとでもなく、しんなりでもない。衣に包まれ加熱されたビスケットは、得も言われぬ素朴な旨さに昇華。これがもう、地酒に合うのなんの。
初来店で衝撃を受けた想い出の味に酔っていると、お待ちかねの名物ももどりが運ばれてきます。カウンターに置かれる前から鼻を悦ばせる香りに誘われ、猫舌なのも厭わず熱々をがぶり。
バリっとした食感とともに広がる、存分な肉汁。華やかな辛味を持つ独特のスパイスに漬け込まれた骨付きももは、高温で焼き上げられ最上級の魅惑の味わいに。
皮目の香ばしさに感嘆し、溢れる鶏の旨味をしみじみ噛みしめる。肉厚な部分は柔らかジューシーで、骨に近い部分は凝縮された濃い旨味がこれまた堪らない。肉を頬張っては地酒をぐいっ、骨に貪りついてはもひとつぐいっと。もうこれだけで、岩手の酒がどれほど呑めようか。
いつもはじゃじゃ麺で〆るところだけれど、今日はお昼に食べたため別のもので。色々と食べたいものがあり散々迷った挙句、大好物のカキフライで有終の美を飾ることに。
ガリっと香ばしい衣の中には、しっかりとした身質の三陸産のかき。噛めば自分は貝だと主張する存在感で、とろとろのものとはまた違った魅力の持ち主。しょう油でシンプルに味わえば、カキフライ好きには堪らない至福が口中を満たします。
いやぁ、今宵も旨かった。本当は最後にどんこ汁も食べたかったけれど、残念ながらここで時間切れ。新幹線まであと10分を切ったところでお店を後にし、イルミネーションに煌めく駅前を急ぎ足で歩きます。
危ない危ない。改札を通るころには、すでに流れはじめる接近放送。入線する姿を写真に収める暇もなく、ホームへと滑り込むはやぶさ号。最近は、少々油断しすぎている気がする。これではいつか、乗り遅れる日が来てしまいそうだ。
旅の終わりの名残り惜しさを感じる余裕もなく、あっという間に発車。でもまあいいか。ギリギリまで気兼ねなく楽しんでいられるほど、気の置けない街だという証なのだから。
若干慌ただしさを帯びてしまった、愛する街との別れ。早足で上がった息を整え、落ち着いたところでこの旅最後となる岩手の地酒を。東京へと向け、全力で僕を連れ戻そうと加速を続けるE5系。流れる漆黒の車窓に、4泊5日を過ごした夢のような白き日々を重ねてみる。
これまで幾度となく訪れ、それでいて初めて知ることのできた大沢温泉の冬。江戸から連綿と続く湯宿を満たす、凛とした空気感。湯に抱かれ眺める、豊沢川と雪をかぶった茅葺屋根。その世界観は、モノクロームのなかに産み落とされた箱庭のようだった。
そして、冬に埋もれることの悦びを味わわせてくれた松川温泉。残念ながら想い出の宿はなくなってしまったが、初めて訪れた宿がまた新たな松川の湯の歓びを教えてくれた。
はぁ、良い湯良い旅だった。そんな回想に耽っていると、あっという間にはやぶさ号は東京へ。そしてもうひとつ、この旅を経て想うこと。それはやっぱり、大沢温泉は自分的節目の宿だということ。
今回は何の節目だったのか。それは、十年間を添い遂げた愛機から、これからを共に歩んでゆくカメラへのバトンタッチ。四半世紀ぶりに手にした一眼。そうとは思えぬほど、新たな相棒PENくんは僕らの初陣に寄り添ってくれた。
試し撮りもせず旅立ちの日を迎え、手探りで始めた撮影。でもそんなこと、大沢温泉に着くころには気にならなくなっていた。それほどコンデジ慣れした僕でも使いやすく、そして違和感ない小型軽量なミラーレス。
この旅を通して、僕は確信。やっぱり自分の直感は、捨てたもんじゃない。新たな愛機との旅は始まったばかりだが、きっとこれから僕の記憶の眼になってくれるに違いない。この十年僕を支えてくれたMX-1への感謝を胸に、前を向いて新たな十年へと足を踏み出すのでした。
コメント