新花巻から花巻温泉を経由し走ること40分ちょっと、無料送迎シャトルバスは終点の台温泉に到着。バス停の脇から、一本道の温泉街がはじまります。

大型ホテルの連なる花巻温泉から、1.5㎞ほど山へと入ったところに位置する台温泉。小さな旅館の並ぶひなびた温泉街ですが、10本もの源泉が。高温の湯が豊富に湧いており、花巻温泉へも送湯されているのだそう。

源泉に付着した析出物に胸を高鳴らせつつバス停から歩くこと約5分、これから2泊お世話になる『松田屋旅館』に到着。

本館から道路を挟んだ向かいに別館が建っており、宿泊者はまずはそちらのフロントへ声掛けを。今回予約したのは、本館の6畳和室。ひとり旅にはうれしい、落ち着いた静かな空間が広がります。

さっそく浴衣に着替え、お風呂へと向かうことに。本館には朝に入れ替えられる男女別の浴場、別館には21時半までは予約なしで貸切できる2つの浴場が。まず選んだのは、別館の釜の湯。扉を開けた瞬間鼻をくすぐる湯の香り、そしてこの渋い空間がたまらない。

1200年前に坂上田村麻呂が入湯したという伝説が残り、史実でも600年もの歴史を誇る台の湯。ざっとかけ湯し静かに身を沈めれば、ぐぐっとくる熱さと圧にちょっと驚き。無色透明ながら、湯の力を感じます。
別館に引かれているのは、95℃以上もある台の1号泉。入った瞬間はちょっとばかり熱めですが、しばらくすればそれがものすごくここちよく感じてくる。
茶色い湯の花が舞うお湯は弱アルカリ性で、肌になじむようなとろりとした浴感。ぐいっと圧されたあとに、じんわりと自分の内側がほぐれてくる。そんな魅惑の湯を一層味わい深いものとしてくれる、タイル張りのレトロな浴槽がまた僕好み。

熱めの湯にじっくりと温められ、ほくほくと茹だった心身へと流す冷たいビール。これから2泊、僕の幸せな時間は約束されたな。そんな静かなる充足感に満たされ、火照った体を畳へと投げ出します。

あぁ、一浴目ですっかり骨抜きになってしまった。そんなゆるゆるとした湯上がりに揺蕩っていると、あっという間にもう夕食の時間。別館にある個室のお食事処へと向かいます。

席に着くと、食卓にはおいしそうな品々が。さっそく地酒をお願いし、ひとり宴をはじめます。
まずはさっくさくの野菜の天ぷらから。根菜らしいほくほく感と香りがうれしい、れんこんやごぼう。香り高いうどやしゃっきり甘いパプリカ、素朴な甘味がおいしいかぼちゃにさつまいも。そして驚いたのが、にんじんの旨さ。それぞれの野菜のもつ豊かな味わいに、本当の贅沢というものを思い知る。
瑞々しさとしゃきしゃき感が愉しい白菜入りの松前漬けやおいしいお刺身、もずく酢をつまみに味わうあさ開。つづいて箸をのばしたのは、鶏ステーキ。ふっくらジューシーに焼かれた鶏ももは絶妙な甘辛さに味付けされ、これまた地酒と相性ばっちり。
右の土鍋では、つみれ鍋がぐつぐつと。刻んだ根菜入りの旨味たっぷりの鶏団子に、ふわっふわのかに真丈。そのほくほくなおいしさを引きたてる上品なおだしが、お腹とこころにじわっと沁みてゆく。
今回予約したプランでは、うれしいことに選べるメインが。白金豚やほろほろ鳥、岩手牛から選べ、迷いましたが今宵は岩手牛のすき焼きを。
ほどよく煮えたところで卵にくぐらせ頬張れば、思わず笑みがこぼれる旨さ。しっかりと感じる牛の赤身と白身の旨味、それを邪魔しない程度の甘すぎない割り下。牛の旨味の染みた野菜もおいしく、はふはふいいながら冬の幸せを噛みしめます。

何を食べても旨い品々にお酒も空っぽになったところで、ご飯を頼みます。一緒に運ばれてきたのは、郷土料理のひっつみ。たっぷりの野菜やきのこの旨味が染み出た、薄味の上品なおつゆ。それをほどよく吸った、小麦の香るつるもちぷるっとしたひっつみがまた絶品。
そして驚いたのが、ご飯のおいしさ。岩手産のひとめぼれだそうで、粒立ちがよくもっちもっちとした食感と濃い甘味に圧倒される。そんな旨いご飯をいかの三升漬けや白菜漬けとともに味わえば、お米が主食の国に生まれてよかったとしみじみとした幸せがこみ上げる。

いやちょっと、このお宿大当たりだわ。おいしいご飯にたっぷりと満たされ、ぱんぱんのお腹をごろりと落ちつけたところで夜のお供を開けることに。
今回選んだのは地元花巻は南部杜氏の里、石鳥谷の川村酒造が醸す南部関特別純米酒。湯のみに注げば、濃さを感じさせる黄味がかった色。ひと口含めばとろりと舌へと広がり、きりっとした辛さや酸味、ほどよい甘味といった厚みのある旨さが印象的。

ほんのりと岩手の酒に染まったところで、ふたたび湯屋へ。どこに入ろうかとうれしい悩みを抱えつつ、気の向くまま別館の万寿の湯へ。

こちらも使用されているのは、高温の1号泉。釜の湯よりも浴槽が小ぶりだからか、さらにちょっとばかり熱めの湯加減。しゃっきりするような浴感で、同じ源泉ながらまた違った印象に。
湯船いっぱいに満たされた清らかな源泉が、滔々と溢れてゆく様をぼんやり眺める。最初こそぐいっと圧されるが、しばらくすれば心身がとろとろとほぐれてゆくようなここちよさが自身の内側からあふれてくる。
最近でこそ、熱めのお湯にも入れるようになってきた。熱いけど入れる。そんなお湯があるなかで、台の湯は熱さが気持ち良いとさえ思える不思議な湯。熱いからこそ、ここちよい。肌当たりやわらかながら力を感じさせるお湯に身を委ね、山の恵みを存分に吸収するのでした。



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