3月上旬、僕はまた東京駅に立っていた。先月の同じ日、雪の舞うなか岩手へと旅立ったばかり。さすがに旅に出すぎか。そんなことがふと頭をよぎるが、この春めいた陽気がどうでもいいことなど気にするなと言ってくれているよう。

この日は首尾よく上がれたので、予定より一本前の新幹線に間に合うことが判明。急遽予約を変更したので、残念ながら窓側は一杯。ほどなくして指定席は満席となったため、とりあえず乗れてよかったとひと安心。
自席に座り、ぷしゅっと開ける一番搾り。旅立ちの祝杯をのどへと流していると、あさま号は長野へと向け定刻通りに出発。さあこれから、未知なる地への旅がはじまる。そんな高揚感に包まれていると、耳へと届くうつくしい旋律。
あ、これ、E7じゃなくてW7系だったのか!旅情を掻きたてる、どことなく愁いを帯びたメロディー。あらためて、西日本のチャイムのセンスに心酔してしまう。そんな憎い演出に旅立ちの実感をしみじみと噛みしめ、列車旅には欠かせないお供を開けることに。

相変わらず、豊富な駅弁がずらりとそろう駅弁屋祭。どれにしようかとうれしい悩みに頭を抱えそうになりますが、今回はずっと気になっていた新発田三新軒のえび千両ちらしを買ってみることに。
ふたを開ければ、折一面にひろがる旨そうな厚焼き玉子。その下に隠されるのは、4種の味わい深い具材たち。凝縮感ある蒸しえびに、ぷりっと食感のよいボイルいか。きゅっと〆られた小肌は旨味が詰まり、香ばしい蒲焼きだれをまとったうなぎがまたいいアクセント。
そんなネタを支えるのは、ふっくらもっちりとした新潟米のちらし。主張しすぎずの控えめな塩梅で、ふんわりとしたやさしい厚焼き玉子との相性も言わずもがな。

米、ネタ、玉子。まさしく三位一体のおいしさに満たされていると、あさま号は大宮を発車。熊谷、本庄早稲田、高崎と停車しつつ走ること1時間11分、あっという間に軽井沢に到着。

箱根に行くより近いんだもんな。新幹線の俊足にあらためて驚きつつ、駅近くの酒屋さんでこれから二晩のお供を購入。駅前へと戻ってくると、保存された小さな電気機関車が。
これはかつて、ここから草津温泉までを結んでいた草軽電気鉄道のもの。パンタグラフの突き出た独特な形状から、カブトムシの異名で親しまれていたそう。

その向かいには、端整な佇まいをした瀟洒な洋風建築。長野行新幹線開業に伴い解体され、新駅舎の隣に移築された旧軽井沢駅舎。記念館として往時の歴史を伝えていましたが、その後しなの鉄道の駅として復活。明治43年生まれの古豪は、ふたたびこうして現役として活躍を続けています。

きっぷを買いホームへと向かうと、そこには碓氷峠の往来を支えてきたEF63が。僕が初めてこの地を通過したのは、もう30年ほども前のことだろうか。
本で見てあこがれ続けていた、白地に青とピンクの塗装をまとったボンネット型。はるか遠い金沢の文字が書かれた方向幕、長距離列車ならではの設備であったコンビニカー。横川で停車しこの機関車を連結し、ゆっくりじっくりと攻めるように登ってゆく碓氷峠。車内からでも判る勾配のきつさに驚いたことが懐かしい。

新幹線の開通により、その使命を終えた碓氷峠。上信国境を隔てるこの地は古くから交通の難所として知られ、鉄道にとってその険しさはさらに克服しがたいものに。

鉄の車輪とレールという組み合わせ。その摩擦係数の低さが鉄道の最大の利点であるものの、一方で勾配に対する弱点に。そんな弱みを乗り越えるために導入されたのが、線路の間に敷かれたギザギザのレール。明治の開通から昭和38年までは、このラックレールと機関車の歯車を噛み合わせることで峠越えに挑んでいました。

長い長い峠を越え、ふっと姿をあらわす軽井沢駅。車窓から眺めた遠い記憶の面影が残るホームに別れを告げ、そろそろ目的地へと向かう列車に乗り込むことに。
しなの鉄道に乗るのは今回が2度目。前回から、もう何年経ったのだろう。まだブログをはじめる前、鹿教湯に泊まって上田から長野へと向かう道中だった。

なのでこの区間を在来線で駆けるのは、白山に乗ったあの日以来久方ぶり。新幹線はいつも2人掛けの反対側に座るし、高速バスはもっと麓に近いところを走るし。こんなに浅間山がきれいに見えるなんて、今日初めて知った。
群馬側から眺めるよりも、さらに猛々しさを感じさせる浅間の雄姿。これから向かうは、小諸に上田。これだけ信州に通っておきながら、軽井沢以外で東信地方をきちんと訪れるのは初めてのこと。
さて今回は、一体どんな未知が迎えてくれるのだろう。火山ならではの力強さを感じさせる雄大な山容に、はやくもあらたな信州の表情を知るのでした。


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