これまでの人生で出逢ったことのない、壮大な情景を魅せてくれた茶臼岳。岩石の支配する、荒涼とした世界を行く。そんな鮮烈な山登りの感動も覚めやらぬまま、名残惜しくも別れを告げることに。

那須ロープウェイから『関東自動車』のバスに揺られ、この2日間の想い出の詰まった那須街道をひた走る。今回の旅をなぞるような車窓を眺めること約1時間、黒磯駅に到着。

那須高原への玄関口として、そして関東と東北を結ぶ交通の要衝として栄えたこの駅。宇都宮線から東北本線への乗換駅として、そして直通する貨物や旅客列車の往来する大動脈としての歴史を刻んできました。

いまさらながら、那須に泊まるのってはじめてだったな。はぁ、本当に愉しかった。やっぱり関東は、広すぎる。人生のほぼすべてをこの地で過ごしてきたが、まだまだ知らない魅力だらけだ。

去りゆく那須の山並みを見送り、ちらりと覗く日光連山を愛で。のんびりと車窓を愉しむこと50分ちょっと、4ヶ月ぶりとなる宇都宮駅に到着。

まずは駅ビルでお土産を買い、コインロッカーに荷物を預け準備万端。新幹線に飛び乗るだけの状態にしたところで、この旅最後の宴の舞台へと向かうことに。

駅からのんびり歩くこと20分足らず、アーケード街であるオリオン通りに位置する『まげしとちぎや』に到着。このお店を訪れるのは4年ぶり2度目。旨いつまみに栃木の酒、そしてそばが待っているんだよな。

それにしても、今日もよく歩いた。からっからになった身体へキンキンのジョッキを与えつつ、気になったものをスマホでぽちぽち注文。まず運ばれてきたのは、豆好きにはうれしいこの2品。
さっそく栃木の地酒に切り替え、日光東照宮御用達というゆば刺し2品盛りから。層を成し、その間に豆乳を含む日光の湯波。しっかりと感じられる厚みと食感がありながらとろりとほどけ、ぶわっと広がる濃密な豆の味。何度食べても、本当に日光の湯波は旨いよな。
その隣には、豆腐状のものが。わさび醤油で食べてみると、なんとももっちりとした濃ゆい舌ざわり。後で調べてみると、豆乳に湯波と大豆たんぱくを加えたよせゆばという商品だそう。
豆の旨さに地酒が進み、郷土料理だという納豆しのだを。裏返した油揚げに納豆とねぎを詰め、からりと揚げたもの。噛めばさくっとした香ばしさとともに、じゅるりとあふれる納豆の豊潤さ。ちょうどよい塩梅の天つゆもあいまって、これはもう吞兵衛殺しの逸品。

つづいて、ここに来たら絶対に食べたいと思っていたモロを。前回感動したフライも捨てがたいが、今回はシンプルに煮つけを注文。運ばれてきた刹那、ふわりと香る食欲をそそる煮汁の薫り。これ絶対旨いやつ。そう確信し、満を持して箸をのばします。
モロと呼ばれ、古くから栃木で食されてきたサメ。ひと口ほおばれば、ふんわりとしたなかにもちょっとした弾力を感じる魅惑の食感。サメやエイといって想起する臭みもまったくなく、淡白な味わいを活かす濃すぎず甘すぎずの味付けがまた絶妙。

サメがこんなにもおいしいものだとは。あらためてそんな実感を噛みしめていると、追加した砂肝南蛮がすぐさま到着。甘ったるさのないきりりとした酢醤油、そこにぴりっと効いた赤唐辛子の華やかさ。こりこりとした食感としみじみとした滋味に、野州の酒があっという間に消えてゆく。

食欲呑み欲に火がついてしまい、さらに自家製そば餃子を注文。そば粉の練り込まれたもっちりとした皮が抱くのは、たっぷりのにら。噛んだ瞬間にらの鮮烈な風味と甘さがぶわっと広がり、そばつゆベースのたれとわさびにねぎといったそば屋らしい組み合わせもまた憎い。

さすがに食べすぎ呑みすぎだ。そう思い、そろそろ〆を頼むことに。前回食べて感動したにら蕎麦も捨てがたいが、同じく栃木でよく食べられているという高原大根蕎麦を注文。
若干太めのそばはつるりとしながら食べごたえがあり、黒いそばならではの風味が堪らない。載せられた大根の千切りはこのうえなくしゃきしゃきで、爽やかな風味がそばに合わないわけがない。

栃木の酒と味にすっかり満たされ、善きこころもちで歩く宇都宮の街。交差点での信号待ち、夜闇に浮かぶ赤鳥居。その荘厳さに誘われ、意の向くままに二荒山神社へ。

平坦な市街地のなかで、ぽつんと小高い丘となっている明神山。一歩一歩石段を登ってゆけば、次第に遠ざかる街の喧騒。その社叢の深さに、ここがビルの建ち並ぶ中心地であることを忘れてしまう。

石段を登りきると、ちょうど迎えた閉門の時間。今回も、すばらしい下野の旅をありがとうございました。千二百年近くもの間この街を見守りつづけてきたお社に、この場所から旅のお礼と再訪の願いを伝えます。

二荒山神社へのごあいさつを終え、そろそろ駅を目指すことに。大通りから一本入った道を歩いてゆくと、街の灯りを鏡のように映す田川の流れ。

夜の静けさに包まれた川沿いを進んでゆくと、ふたたび街の賑わいが。人や車の行き交う宮の橋、そのたもとには妖艶な姿を魅せる枝垂れの葉桜。

今回も、本当に善き旅だった。そんな充足感に抱かれ眺める、宇都宮の街。その輝きに再訪を誓い、帰宅時間で賑わう駅へと吸い込まれます。

高原でのグランピングを愉しみ、旨い那須和牛を食べてにごり湯に浸かり登山もし。なんだか、いつにも増して健やかな休日だったな。はじめて泊まった那須の魅力にすっかり満たされ、清々しさすら感じつつ乗り込む新幹線。
この街には、うつくしい竹林があるらしい。そして大谷の地下神殿も再訪せねば。そんな次への企みを浮かべているうちに、あっという間に東京へと帰着。いい意味で、近くて遠い場所。栃木はいいぞ。来れば来るほど、そう思わされるのでした。




コメント