大海原の上で迎える穏やかな朝。いやぁ、よく寝た。なぜこうも船上ではよく眠れるのだろうか。そんなすっきりとした心持ちに包まれつつロビーへと向かえば、3層吹き抜けを満たす朝日の煌めき。
デッキに出て、全身に受ける太陽の眩しさ。あぁ、こんな時間がずっと続いてくれたら。そんな願いなど叶うわけがないと知りつつも、かけがえのないこの瞬間にどうしてもそう思えてしまう。
青空と白い雲、凛と立つ巨大なファンネル。この道中、幾度も見上げたこの雄姿。また逢えるその日まで。この航海の記憶を胸に灯しつづけるために、眼にこころに灼きつけておこう。
名古屋から、太平洋に描いてきた遥かなる航跡。いしかりが刻んだ白さを、深い青が消してゆく。そんな姿をこうして眺めていられるのも、あと数時間になってしまった。
陸も見えず、電波も届かず。たぶんもう、本州を抜けて北海道の手前まで来ているのだろう。そう思うと名残り惜しくて。デッキでそんな感傷にひととおりこころを焦がしたところで、船内へと戻り朝食を。
せっかくなら全国区のものではなく東北のメーカーをと、ツルハドラッグで見つけたシライシパン。仙台はジョウセンの味噌を使ったツナマヨパン。まろやかなツナマヨにコクや深み、そしてちょっとした塩分を与える味噌の存在感が堪らない。
そしてお隣、岩手の岩泉牛乳を生地にもクリームにも使用した岩泉牛乳パン。ふんわりとしたパンに香るやさしいミルクの風味が、なんとなく郷愁を誘うおいしさ。
そんな地元の味をより贅沢なものにしてくれるのが、この船窓。朝日に照らされ、おだやかにうねる青い海。揺れとまでは感じない程度、このゆったりとした乗り心地の記憶がまた僕を船旅へと誘うのだろう。
豊な朝ごはんをのんびり味わい、自室に戻ることに。愛知から始まり、静岡神奈川東京千葉茨城福島岩手青森とたどってきたこの航海。延々連れ添ってきた本州に別れを告げ、船はいよいよ北の大地へ。
今回初めて利用したS寝台。2段寝台のあの秘密基地感も捨てがたいが、ちょっとプラスするだけでこのゆとりは魅力的だった。そんな今回の船旅を快適に過ごさせてくれた自室とも、お別れの時間。2泊3日を過ごしすっかり愛着の湧いてしまった空間に再会を誓い、荷物をまとめてデッキに向かいます。
甲板で北の大地がゆっくりと迫りくる様子を見てやろう。そう思い外に出てみれば、その予想は外れもう苫小牧港は眼前に。順調な航海により、少し早めに着いたのか。
それにしても、今日の苫小牧は8月とは思えぬ涼しさ。デッキに佇みこうして海風を浴びていると、半袖では肌寒いと思えてしまうほど。天候のせいもあるだろうが、日本って本当に広いんだな。
1,330㎞を紡いできたこの船旅も、もうまもなく終わりを迎える。ゆっくりと、しかし確実に接近してくる港の情景。その瞬間を迎えることが嬉しくもあり、それ以上に切なくもあり。
1都8県をなぞってきた海路も完結し、ついにたどり着いた最後の1道。海から引き上げられたロープが係船杭に繋がれ、いしかりはついに北海道と結ばれる。
ゆっくりと丁寧に、その巨体を北の大地へと寄せてゆくいしかり。その様子を、感傷に染まりただただ見つめる。そしてついに、音もなく無事接岸。海に浮かぶ巨大な建造物は、遥かなる航跡を刻み本当にここまで来てしまった。
終着地への入港という特別な儀式を見届け船内へ。そう急ぐ旅でもない。みんなは下船口に並んでいるけれど、僕はこの静かな空間でこの船との逢瀬の名残りを噛みしめよう。
そしてついに迎えた、下船のとき。長い航路を紡いできたいしかりは、旅客と車両を吐き出しほっとひと息ついているに違いない。今回も、本当に善き航海をありがとう。太平洋フェリー、また必ず逢いに来ます。
時刻はもうすぐお昼どき。当初は目的のお店までバスで向かおうと考えていましたが、この涼しさなら苦もなく歩けそう。急遽予定を変更し、海天丸目指して歩きはじめます。
前回に続き、今回も北海道滞在は数時間。そんな短いなかでお寿司を味わうべく意気揚々とお店を訪ねてみると、なんと臨時休業。定休日も調べていったけど、そこまでは確認しなかったな・・・。
まあ仕方がない。もう1箇所あてはある。落胆しつつそう自分を励まし歩く、港湾沿いの道。遠くまで見えているのに、なかなか進まない。心細さすら感じる殺風景な区画を抜けた先に現れた漁港の姿に、思わずほっと胸をなでおろす。
フェリーターミナルから自分を鼓舞しつつ歩くこと45分、『海の駅ぷらっとみなと市場』に無事到着。ここは初めて太平洋フェリーに乗ったときに訪れた想い出の場所。とりあえず、開いててよかった。
2棟ある建物には、海の幸を食べられるお店がいくつも。ひととおり市場内を見て歩き、前回も訪れた『海鮮みなと食堂』にお邪魔することに。
値段の違うおまかせのどんぶりが3種類のほか、好みのネタを選べる海鮮丼や刺身定食も。そのなかで今回は、11種盛りのおまかせ丼を注文。前金で支払い待つことしばし、10分ほどで着席すればすぐにどんぶりが到着。
きめ細やかな本まぐろの赤身、とろりと脂の甘さの広がるとろ。かんぱちは歯ごたえしっかり脂ものり、甘いほたてやしっとりとしたかにも北海道らしくて堪らない。
おいしいお刺身とともに酢飯もどんどん進み、あっという間に残すところあとわずか。〆にと残しておいたのは、艶やかなぱっつぱつの球体に旨味の凝縮されたいくら、そして甘くとろりと消えてゆく礼文の生うに。名残惜しくも大好物2種を噛みしめ、大満足でお店を後にします。
時価というこのどんぶり、この日はこの内容とボリュームで税込3,800円。怪我の功名。海天丸にはふられたけれど、その結果こんな海鮮丼を味わえていいほうに転んでくれたな。
海の幸を満喫するという北海道でのミッションを無事完遂し、駅方面へ。少し待てばバスもありましたが、せっかくなので歩いてゆくことに。
ぷらっとみなと市場から北上し、芝生や池の整備された出光カルチャーパークへ。サンガーデンと名付けられた温室には、苫小牧では見られないという植物が植えられています。
温かい温室内で豊かな緑を浴び、ふたたび涼やかな外へ。なだらかな小山の一角には、北海道らしい白樺の木が。ここにきて、ようやく北の大地まできたという感覚が芽生えてくる。
緑豊かな都市公園を抜け、大通りを歩いて駅方面へ。そうだ、その前にあそこに立ち寄っておこう。そう思い見にきたのが、かつて王子製紙軽便鉄道を走っていた保存車両。明治から戦後まで、この小さな列車が苫小牧と支笏湖を結んでいました。
出光カルチャーパークや王子製紙を経てのんびり歩くこと30分ちょっと、苫小牧駅に到着。ここからは、次の船に向けた買い物の時間。駅前のドン・キホーテを眺め、その前から無料の送迎バスに乗りイオンモールへ。
海鮮丼食べて、公園や軽便鉄道を見て。北海道まで来てやったことといえば、それくらい。連日の猛暑で、ついに脳みそ溶けたか。我ながら唖然とする行程ながら、それでも愉しいのだから不思議なもの。今宵のアテをいろいろ見繕い、こんな旅も善いものだと静かなる悦びに浸るのでした。
コメント