イオンモール苫小牧で今宵の友を仕入れ、そろそろ港へと戻ることに。大きな駐車場の一角に設けられたバス停から、『北海道中央バス』の運行する高速とまこまい号に乗車します。
基本的には札幌駅と苫小牧駅を結ぶ路線ですが、船の時刻に合わせ一部の便が苫小牧港フェリーターミナルまで乗り入れ。こうして苫小牧市内のみの乗降ができるのもうれしいところ。
駅までの区間で多くの乗客を降ろしつつ、思った以上に車内に残る人々。フェリーへの足としての力強さを感じていると、半日ぶりとなるターミナルの姿が。
その奥には、凛々しく聳えるファンネル2基。ここまで僕を連れてきてくれた白と青の凛としたライン、これから大洗へと僕を運んでゆく力強いオレンジ。この競演を目の当たりにしただけで、早くも胸が熱くなる。
高速道の渋滞か、それとも札幌駅改良工事に伴うバスターミナル閉鎖の影響か。バスは30分近く遅れて到着したため、ちょっとばかり慌ただしく乗船手続き。自動チェックイン機で乗船券を受け取り並んでいると、ほどなくして徒歩乗船開始。
短い滞在となった北の大地の余韻を噛みしめつつ、一歩一歩踏みしめ歩く長いボーディングブリッジ。まだまだ船まであと半分。そう思いつつ窓を見てみれば、今回の旅を象徴するかのようなこの眺め。いしかりから、さんふらわあふらのへ。僕の追い求める航跡は、太平洋フェリーから商船三井さんふらわあへと引き継がれる。
夕方便と深夜便あわせて4隻を運行する『商船三井さんふらわあ』の北海道航路ですが、今回乗船するのは去年も乗ったさんふらわあふらの。きそが封じ込めていた船旅への愛を解放してくれたように、大洗北海道航路の新たな魅力を教えてくれた想い出の船。
小学校中学年、生まれて初めてのフェリー体験となった青函航路。往復乗船したびるごにこころを奪われ、すっかり船旅の虜に。
それ以降フェリーに乗る機会はしばらくありませんでしたが、高校生になり初恋の相手、東日本フェリーで大洗から室蘭へ。あまりにも巨大な船体に走る三色のライン、そこに踊る愛らしいイルカの姿が今でも忘れられない。
そして社会人となり、苫小牧から大洗まで初めて乗船したさんふらわあ。あれはたしかさんふらわあみとだっただろうか。それまで、遠く関西九州航路のイメージがあったこの太陽マーク。夜闇に沈む港で目の当たりにした、その漲るような迫力に圧倒されたことが懐かしい。
初めて出逢ってから、もう三十余年。本州北海道航路の記憶をたどりつつボーディングブリッジを進み、いよいよ船内へ。4デッキから乗船し、エスカレーターで5デッキへ。そこで船客を出迎えるのは、吹き抜けと連なる窓が印象的なプロムナード。
まずは今宵の宴の場所選び。前回は5デッキの窓側で暗い海を眺めながら茨城の味を愉しみましたが、今回は趣向を変えてひとつ上の6デッキでこの船ならではの解放感を味わうことに。
席を無事確保し、5デッキに戻り自室へ。落ち着いたなかに原色が映えるきそ、瀟洒な雰囲気で統一されたいしかり。それらとはまた異なる表情をもつ、ブラウンをベースとしたシックな雰囲気。
太平洋フェリーに新日本海フェリー、そして商船三井さんふらわあ。それぞれの船会社の美意識が込められた豊かな個性に、乗り比べという深淵へとどんどん落ちてゆく。
そんな僕をひと晩包んでくれるのは、カプセル2段タイプのコンフォート。下から2番目の等級ながら個室内にはテレビが設置され、使い捨てスリッパが付いているのもありがたい。
お土産の三方六でぱんぱんになったリュックを降ろし、さっそくお風呂へ。船出を控え、洋上で旅の汗を流す。この非日常を味わってしまうと、もう二度と後戻りなどできなくなる。
船での湯浴みという最高の贅沢に存分に揺蕩い、心身の芯から茹だったところでデッキへ。暮れはじめる夕刻の曇天、その鉛色に佇む二隻のフェリー。奥の甲板では仙台、そして名古屋を目指す人々が、そしてこちら側では関東茨城を目指す船客が出港までのひとときを噛みしめている。
そして手に携えるのは、もちろんサッポロビール。湯上がりの火照った喉へと流す、きんきんに冷えた金星の旨さ。そのなかに漂う苦みは、ホップだけの仕業ではないはずだ。
びくとりからはじまり、さんふらわあみとにふらの、きそやいしかり、はまなすとらいらっく。こうして思い返せば、意外といろいろな長距離フェリーに乗ってきたな。どれも甲乙つけがたく、唯一無二、かけがえのない想い出ばかり。
だからこそ、それぞれの船に愛着というものが湧いてしまう。2泊3日、40時間という豊かな時間を過ごしたいしかり。まもなく新たな旅路がはじまると解っていても、その優美な姿を目にすれば否応なしに名残惜しさが襲い来る。
でもそれは、そう思えるほど大切な時間だったという揺るぎない証。そしてこれからは、このさんふらわあふらのがその相棒。いまは船旅の情緒にどっぷりと浸かっていたい。そんなここちよい感傷に身をゆだねていると、エンジンの唸りは一段階強くなりファンネルからは黒煙が。
船や船員、地上作業員の動きが増し、その瞬間がもうまもなくだと教えてくれる。ハンドルやペダルひとつで動く慣れ親しんだのりものとは明らかに違う、この巨体を動かし操るという壮大さ。船ならではの旅の幕開けの胎動に心酔していると、ついに係船索が外されさんふらわあふらのは北海道とは切り離された存在に。
一層強まるエンジンの響き、ゆっくりと離れてゆく北の大地。接岸から離岸まで8時間足らず、滞在したのは正味6時間。去年に引き続き、こんな行程を組むなんて。我ながらどうかしてると思いつつ、そうまでさせる魔力が海路というものには宿っている。
だんだんと、遠くなりゆく北海道。それとともに、離れてゆくいしかりの姿。本当に、今回も善き船旅をありがとうございました。また必ず、逢いに来ます。本日二度目となる誓いとともに、こみ上げ溢れそうになる感情をただ必死に堪えるばかり。
ゆっくりと、しかし確実に速力を増してゆくさんふらわあふらの。小さくなりゆく港湾の煌めき、強さを増す冷たい海風。出港という限られた瞬間でしか味わえぬ、温かいこころの痛み。そんな濃密な旅情を胸いっぱいに吸い込み、北の大地に別れを告げます。
ここからは、気持ちを切り替えさんふらわあふらのに存分に揺蕩う時間。そんなお供にと選んだのは、イオンモール苫小牧で厳選したこの品々。甘辛味の南茅部産の切昆布煮に、ほっくりとした白身がおいしい羅臼産タラの南蛮漬け。思いがけず北海道らしいお惣菜に、はやくも辛口の地酒がぐいっと進む。
そして驚いたのが、小樽なると屋のザンギ。名物の半身揚げは食べきれないと思い選びましたが、これがもう大正解。しっかりと漬け込まれた鶏肉は肉汁たっぷりで、その旨味をしっかりと守る衣の存在感がまた旨い。北国の酒にももちろん合うが、これは無性にご飯を欲する魅惑の味。近所にあったら、絶対買いたいやつだこれ。
そして〆にと選んだのは、サザエの高菜で包んだ鮭トロ山わさびおむすび。高菜のもつ塩気と旨味、ふわっとしたお米に広がる鮭の脂の旨さ。それをぴしっとまとめてくれる、山わさびの爽やかな辛味。この混然一体となったバランスの良い味わいに、旨い旨いと思わず独り言が漏れてしまう。
怪我の功名でコスパ最高の海鮮丼を味わい、猛暑続きの関東と同じ国とは思えぬ涼しさに癒され。そしてさらには、こんな北海道らしい船上での宴まで。あっという間だったけれど、思った以上に濃かったな。そんな余韻に浸る僕を包みこんでくれるのが、船ならではのゆったりとした空間のここちよさ。
ゆるりとまろやかに過ぎてゆく、船上での時間。そんな至福を全力で享受するべく、つづいて北海道ワインのおたる醸造赤・辛口を。国産の黒ブドウをブレンドしたというワインは、果実味がありながら飲みやすい軽やかさ。
それに合わせるのは、苫小牧銘菓のよいとまけ。これまで幾度となく目にしてきましたが、食べる機会がなく未体験の品。ひと切れ入りの個包装で手軽だからと買ってみましたが、なぜいままで食べなかったのかと後悔するレベル。
北海道特産のハスカップのジャムが内側にも外側にも使われたロールケーキは、ひと口ほおばればふわっと広がる甘美な甘酸っぱさ。見た目ほど甘さは強すぎず、ふんわりしっとりとした生地とのバランスがまた絶妙。
いい意味で、飾らない素朴なおいしさ。次の北海道土産は、これだな。また新たな再訪の口実を手に入れ、次回の渡道を妄想しつつ味わうおたるワイン。3日目となったそんな船上での豊かな夜も更け、そろそろ自室へと戻ることに。
寝る前に、もう一度だけ暗い海を見ておこう。そう思いデッキに出てみれば、全身を強くなでゆく冷たい海風。先ほどまでは感じなかった揺れも、ほんの少しだけ感じるように。
とはいっても、そう感じるのはおとといから今朝にかけてが異様に穏やかすぎたから。そうだよ、太平洋航路はこうだったよな。海の鼓動というものを思い出させる、ゆったりとした揺れ。それはむしろ、僕にとってはより一層非日常というものを実感させる善きスパイスなのかもしれない。
広い洗面所で歯みがきを済ませ、いつもよりも早めに寝床へ。身体を大の字に投げ出せば、背中から伝わってくるほんのりとした波の気配。
鏡のような海をゆく航海もすばらしいが、今夜くらいの波がすこぶる心地いい。あぁ、自分はいま船に乗っているんだな。毛細血管をとおして心の奥深くまで広がるそんな悦びに、気づけばあっという間に深い眠りへと落ちてゆくのでした。
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