横須賀にはじまり門司下関小倉宇佐別府大分神戸鳴門屋島高松と、7泊をかけて紡いできた壮大な旅。いくら長い行程であろうとも、終わりというものは必ず訪れる。

四国や岡山方面への行先がならぶなか、ぽつんとひとつだけ見慣れた東京の文字。その横には、流れ星を思わせる寝台特急マーク。2000年代になって、もう四半世紀。それでもなお、こうしてかろうじて再会できる機会が残されていることが素直にうれしい。

ありえないほど濃密だった、今回の旅。これで名残惜しい、寂しいなんて思ってはバチが当たる。よし、帰りますか。そうひとりごちてホームへと向かえば、すでに扉を開け僕を待ち構えるサンライズ瀬戸号。

僕が高校生のときに颯爽と登場した、特急形寝台電車285系。ブルトレがまだ走っていた時代とはいえ、どれも国鉄生まれの客車を大改造しグレードアップしたものばかり。そんななかまさか新型、それも583系に続く寝台電車が生まれるとは思ってもみなかった。

あれほど北へ西へと駆けめぐっていた寝台列車も次第に姿を消し、定期列車としては国内最後となってしまったサンライズ。明治時代から連綿と受け継がれてきた最後の灯に今宵は揺られ、ひと晩かけて自分の住む街へと帰ってゆこう。

本当に、善き旅をありがとうございました。この旅で出逢えたすべての感動を胸へとしまい、これまた風前の灯火となった方向幕に刻まれた行先を一瞥し車上の人に。

今回予約したのは、サンライズの主力ともいえるシングル。お互いに重なり合うソロとは違い完全な2階建て構造のため、室内はしっかりと立てる天井高。扉にはテンキーが付いているため、ひとり旅でも安心して利用できる快適空間が広がります。

荷物をおろし、洋服を脱ぎ捨て浴衣に着替える。あぁ、この感覚、ものすごい久しぶりだ。列車内での着替えという非日常に、昔懐かしい旅の記憶が一気にあふれ出す。その温かくも切ないほろ苦さに、まだ発車前だというのに目頭が熱くなる。

せっかく久しぶりに乗るのだからと、今回は上階を狙って寝台券を購入。サンライズ自体はWebでも予約できますが、階数指定となるとみどりの窓口でのみ対応可。
きっぷを買うのに小一時間待った甲斐があったな。そんなことを思いつつ夜行列車の友をスタンバイし、室内灯を消してその瞬間を待つばかり。

21時26分、サンライズ瀬戸号は東京へと向け高松を定刻に発車。滑り出しの感覚をつかむかのようなゆっくりとした加速、いくつも渡ってゆくポイントの刻む不揃いなリズム。ターミナルならではの複雑な構内を抜け、285系は電車らしいなめらかな加速で夜闇へと向け走り出す。

見知らぬ地の夜を裂くように、疾走するサンライズ。漆黒に染まる車窓を、ときおり流れゆく人家の灯り。そんな夜汽車ならではの旅情を噛みしめ、轍の音をつまみに味わうこの旅最後の西日本の酒。

甘酸っぱい讃岐くらうでぃ片手にそんな夜に揺蕩っていると、現れては去ってゆく踏切の音と光。魂を揺さぶるその儚さに、この旅の記憶が走馬灯のように流れてゆく。

そういえば、前回サンライズに乗ったときもあの壮大な旅の最後だった。ふたたびこうして、夜闇を疾走できるなんて。風前の灯火となってしまった、夜行列車でしか味わえない唯一無二の旅情。そんな若干の感傷を噛みしめていると、列車は予讃線に別れを告げ岡山目指し本四備讃線へ。

昭和末期に開通しただけあり、最高速度130㎞/hと高規格を誇る瀬戸大橋線。すべるような乗り心地に身をゆだねていると、ついに眼下には漆黒の海が。

高速で去りゆく港湾の灯りを眼で追いかけていると、横から近づいてくる自動車道。線路を追い越し頭上へと覆いかぶされば、もうまもなく瀬戸大橋へ。

鉄橋ならではの響きが車内を満たすなか、本州目指して瀬戸内海上を駆けるサンライズ。車窓には、ぐんぐんと遠ざかってゆく四国の灯り。いや、正直言えば寂しくないはずがない。でもこうして五度も戻ってくることができている。いつか来るはずの次に向け、いまは前向きにこの煌めきを見送ろう。

高松を発ち1時間足らず、本州岡山に到着。ここで出雲市からやってきた相棒と連結し、東京目指しふたたび夜の闇へ。香川の酒も尽き、寝台にごろりと寝転がり見上げる窓。ときおり通過する駅の灯りが車内を染め、そんな繰り返しにいつしか眠りへと落ちてゆく。

やはり寝台列車のもつ魔力というものはすごいようで、普段味わえないほどの深い眠り。ふと目が覚めトイレにでもと思ったら、窓の外には沼津の駅名標。そうか、もうここまで来たのか。ここから先は、僕の知っている日常だな。

壮大な旅の終わりまで、2時間を切った。ちょっと早いけれど、もう起きてしまおう。そう思いベッドに腰掛け、ぼんやり眺める明け方の車窓。熱海を過ぎるころには、今日という日のはじまりを予感させる茜色が。

一度その気配を感じれば、どんどんと明るくなりゆく秋の空。ひと晩かけて海を越え、四国から関東へと走ってきたサンライズ。うつろう朝の空色こそが、この列車の車窓を飾るにふさわしい。

それにしても、この旅は本当に海にまつわる旅だった。はじめて訪れた関門に鳴門海峡、屋島から望んだ多島海。それらをつないでくれたのは、はるかなる海原をゆく船の旅。その最後にしてこの情景は、さすがに胸に来る。

そろそろ身支度でもはじめようか。明けゆく海をぼんやり眺めそんなことを考えていると、久方ぶりに耳へと届くおはよう放送。
みなさま、おはようございます。本日は〇月〇日〇曜日、時刻は〇時〇分、列車は〇〇付近を定刻にて・・・。僕の数々の旅を彩ってきた、夜行列車でしか味わえぬこの瞬間。朝を迎える大事な儀式に、一体僕はあと何回立ち会えるのだろう。

神奈川、福岡、山口、大分、兵庫、徳島、香川。この旅で、こんなにも渡り歩いてきたのか。あまりにも濃く、そして深い旅路だった。胸いっぱい、語りつくせぬほどの感慨を両手に抱える僕を乗せ、サンライズは最後の停車駅横浜を発車。

高松から夜を駆けること9時間42分、サンライズ瀬戸号は定刻通りに東京に到着。こうして僕の壮大な旅は、幕を閉じた。
ずっと気になっていた新航路に乗ってみたい、そんな単純なきっかけだった。そこで出逢えた一瞬一瞬は、僕の人生においてまごうことなき最高の宝物となってくれた。
関門から宇佐、大分鳴門に屋島。はじめて訪れる地で出逢えた、めくるめくような感動の数々。そして別府に神戸と、再会を果たすことのできた想い出の地。未知を求め、既知を深める。この繰り返しが、僕のなかの地図の広さと厚みを増やしてくれる。
言わずもがな、ひとつひとつの旅にそれぞれの想い出と思い入れがある。だがしかし、そのなかでもあり得ないほどの質量をもった自分的に特別な旅がいくつかある。今回の旅は、間違いなくそのひとつとして胸へと刻まれた。
東京駅のホームへと降り立ったとき、僕は深い達成感と温かい喪失感を抱いていた。そしてその記憶を反芻し旅行記を書きあげたいま、同じ想いが胸を満たしてゆく。
そう思えるほど、深い旅ができている。そんな自分は、間違いなく幸せ者だ。そしてそれを書き残せるブログという趣味も、やはり僕にとってはなくてはならない大切なもの。あらためて自分の生きがいと対峙できたこの旅の記録を、そんな充足感をもって終えることにしよう。また出逢えるであろう、旅路を夢見て。




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