おいしいお昼を食べ、窓辺のベッドで落ちゆく怠惰。そんなこの上ない至福に彩りを添える、零れんばかりの眩さを放つ緑の若さ。さあまた新緑と湯を浴びに、広い露天にでも向かおうか。
硫黄が香るとろみのある湯が、滔々と掛け流される巨大な露天。独り占めするにはもったいないほどの開放感に身を委ね、じっくりじっくり味わう至福。湯上りの肌に畳の心地よさを感じつつ、何をするわけでもなくただぼんやりと過ごす静かな午後。幸せって、きっとこういうことを言うのだろう。
いくらあっても持て余すことのない、連泊ならではの贅沢な暇。今度は水盤のようなうつくしさをもつこもれび乃湯に身を沈め、火照ったところで喉へと流す赤い星。
昨日とは打って変わって、今日は汗ばむくらいのカラッとした陽気。窓を開ければ涼風とともに川音が部屋へと流れ込み、ラガーの清涼を一層味わい深いものにしてくれる。
こんな時間がいつまでも続いてくれたなら。そんな願いが叶わないことくらい知っている。そしてそれが有限だからこそ、尊いものだということも。愉しい時間というものは、あっという間に過ぎてしまう。気づけば辺りは暗くなり、夕餉の時が近いことを知らせるよう。
さて今夜は、一体どんな美味が待っているだろう。そう期待しつつ食事処へと向かうと、食卓にはおいしそうな品々が並んでいます。
まずは前菜から。ピース豆腐は豆のほっくり感と優しい風味が活かされ、うるいと浅蜊の梅肉和えは季節を感じさせる風味の良さ。葉山葵浸しには蛍烏賊といくらが合わせられ、爽快な辛味に海の味わいが相性ぴったり。炙り蛸や鯛のお造りもおいしく、序盤から地酒がどんどん進んでしまいます。
岩手のブランド豚である白金豚は、今宵は陶板焼きで。野菜の上でじっくりと焼いたばら肉は、白身の良さを最大限に味わえる豚好きには堪らない旨さ。合わせるポン酢ソースがまたおいしく、猫舌ながらはふはふと焼き立てを食べる手が止まらない。
地酒片手に手の込んだ品々を味わっていると、熱々の蒸し物が運ばれてきます。今夜は蟹餡かけ茶わん蒸し。ふるふると上品なだしと卵の味わいに、華やかさを添える蟹の風味。乗せられた陸前高田の北限のゆずがまた香りよく、お腹も心も芯からじんわり温めてくれるよう。
続いても出来立ての焼き物が。鰆塩焼は、ほっくりと凝縮感ある滋味深い味わい。焼筍に木の芽味噌を付けて頬張れば、ふわっと春が鼻へと抜けてゆく。そして嬉しいのが、こしあぶら天婦羅。からりさっくりと噛んだ瞬間、口中に広がる山の香り。やっぱり東北は、山菜だよ。
春に満ちたひと皿に歓喜しつつちびちび呑んでいると、続いて煮物が運ばれてきます。蓋を開けると、ふわっと漂うだしの香り。ひらめに豆腐やうど、ひき肉を挟んだれんこんが揚げ出し風に仕立てられ、上品な味わいに旨い旨いと頷きながら箸が進みます。
そして今夜の〆は、卓上で炊き上げる花巻産雑穀ご飯。熱々をひと口頬張った刹那、脳へと走る軽い衝撃。何これ、なんでこんなに甘いの?白米の粒立ち、雑穀の濃い甘さやほんのりとした香ばしさ。ちょっとこれ、凄すぎる。
そのままでおいしい雑穀ご飯ですが、添えられた八幡平粘り芋の雲丹乗せとろろを掛ければまた絶品に。もうやだこれ、お茶碗5杯くらいたらふく食べたい。
いやぁ、今夜も全部旨かった。お腹もこころも満たされ、大満足で食事処を後にします。そして目を愉しませてくれるのが、この見事な建築美。迫力ある折り上げ格天井に、飽きもせず通るたびに圧倒されてしまう。
あとはもう、残された夜を噛みしめ静かに過ごすだけ。そんな穏やかな時間のお供にと選んだのは、釜石の浜千鳥純米酒。酸味や旨味のバランスが良く、飲み飽きしない好きな酒。
お酒にほんのり火照ったら、涼しい夜風の吹くとよさわ乃湯へ。巨大な露天に身を沈め見上げれば、空に輝く北斗七星。今日一日、本当によく晴れてくれた。だからこそ、朝昼晩と様々な輝きに触れることができた。
萌える季節の東北は、やっぱり格別だ。この季節ここに来て、本当に良かった。そう思わせてくれる一日の〆に味わう、旨い酒。
陸前高田の酔仙酒造が醸す、岩手の地酒特別純米酒。震災前から好きで飲んでいるお気に入りのお酒片手に、ぼんやり見上げる格天井。
現代の宮大工の技が込められたこの宿は、50年、100年と残ってもらいたい。見ることの叶わぬ1世紀後の飴色に思いを馳せ、改めて木造建築の魅力にこころ奪われるのでした。
コメント