高崎から上越線に揺られること44分、今宵の宿の最寄り駅である沼田に到着。これまで何度か通ったことはあるものの、降り立つのは初めてのこと。これから一体、どんな旅路が待ち受けているのだろう。そんな歓びに染まる僕を、凛とまばゆい銀嶺がお出迎え。
これから向かうは老神温泉。沼田駅から路線バスが出ていますが、冬季期間は温泉街を経由しないため最寄りのバス停から送迎してもらう必要が。そんなときに嬉しいのが送迎バス。対象の旅館の宿泊者なら、前日までに予約すれば無料で乗車することができます。
送迎バスじゃおう号に揺られ赤城の山の雄大さを愛でること40分足らず、老神温泉の高台に位置する『伍楼閣』に到着。(外観は翌日撮影)
フロントでチェックインし、早速お部屋へと案内されます。荷物を下ろしていると仲居さんがお茶を淹れて下さり、久々に味わうフルサービスの感じにちょっとばかり恐縮。
濃くておいしいお茶をいただきつつ、ほっとひと息。今回予約したのは、お手頃価格の6畳トイレなしの部屋。ですがウォシュレット付きの共用トイレがあり、部屋に洗面台が設置されているため全く不便はありません。
この宿には混浴露天と男女別大浴場がそれぞれ2ヶ所と貸切露天があり、思いのまま湯めぐりを楽しめます。まずは一番広そうな赤城の湯へと向かってみると、ちょっとばかり混雑。すぐさま方針転換し、もうひとつの混浴露天である岩鏡へと向かいます。
建物内外の階段を下りてゆくと、屋根の掛けられた小さな脱衣所が。さっそく浴衣を脱ぎ捨てお風呂へと向かうと、上段と下段に別れ点在する3つの浴槽。上段には熱めの大きな湯船とぬるめの小さい湯船、下段にはぬるめの広々とした湯船が設えられています。
かなり前から名前は知っていたけれど、これまで訪れる機会のなかった老神温泉。ようやくこの瞬間を迎えられたことの悦びを噛みしめつつ、いざ初入湯。
いずれの湯船も、弱アルカリ性の単純温泉が贅沢にもかけ流し。無色透明ながら無数に舞う白や茶の湯の華が目を愉しませ、とろりとした身を包むような浴感はベタな表現だけれど文字通り化粧水のような心地よさ。立ちのぼる湯けむりからは湯の香が漂い、庭園風の眺めと相まって湯浴みは一層味わい深いものに。
湯上りの冷たい刺激を喉で受け止め、ごろりとまどろんだところで大浴場のひうちの湯へ。こちらは循環ろ過式ですが、赤外線殺菌のため消毒臭もなく至って快適。広い浴槽に浸かりつつ壁一面に描かれた尾瀬沼の情景を眺めれば、はるかな尾瀬というフレーズが自ずと浮かんでくる。
到着後2回の入浴で早くも現れはじめたつるすべ肌への変化に驚いていると、玄関のチャイムが鳴り夕食の時間に。こちらの宿は、少人数ならお部屋食になるのだそう。お膳に載せられたいくつものお皿が、テキパキとテーブル上に配膳されてゆきます。
まずは前菜から。しゃきしゃきと風味の濃いほうれん草の胡麻和えに、絶妙な塩梅の甘酢をまとった南蛮漬け。その上品な味わいに、早くも地酒が進んでしまう。
ということでせっかくのお部屋食、ゆったり吞んでやろうと川場村は永井酒造の水芭蕉純米吟醸を四合瓶で注文。それに合わせて味わうお刺身も、山の中ということを感じさせぬきちんとしたおいしさ。
さらに驚いたのが、刺身こんにゃく。瑞々しさに満ちるぶりんとした魅惑の弾力が歯と舌を悦ばせ、これまで食べたもののなかで過去一かもと思う旨さ。酢味噌もまた良き塩梅で、添えられた白菜やわかめ、長芋を一層おいしくしてくれます。
温かい豚の角煮は柔らかく、上品ながらこく深さを演出する心地よい甘さが堪らない。上州牛のすき焼きはあっさりめの割り下が牛の赤身の旨味を引き立て、上州もち豚の陶板焼きはきめ細かな肉質とコクのあるくるみみそだれが相性バッチリ。
いやぁ、どれもこれも手の込んだおいしいものばかり。四合瓶を相棒に上機嫌で食べ進めていると、続いて熱々の二品が運ばれてきます。
まずは大好物の岩魚の塩焼きから。じっくりと焼かれた岩魚は頭から食べられ、そのほっくりとした豊かな滋味にいつものことながらため息が漏れてしまう。やっぱり山の湯に来たら、川魚に限る。
天ぷらは揚げたてで、サックサクの至福の味。ふきのとうや山うどからは春の息吹が溢れ出し、分厚いれんこんの瑞々しさや限りなく甘味の詰まった玉ねぎもまた絶品。薄口の天つゆがこれまた素材の味わいを活かし、いつもは塩派の僕ですがこれには参ったと思わず独り言。
いやぁ、本当にどれを食べても旨かった。白いご飯とお漬物、お吸い物で〆て大満足で夕餉を終えます。フロントへ食事を終えた旨を伝えると、食後にと若女将特製のデザートが。
半分ほど残した水芭蕉を片手に味わう、甘酒プリン。程よく優しい甘味とともに、舌にとろける厚みのある麹の味わい。その余韻がまた、川場の酒を呼んでしまう。
あとはもう、お酒とお湯を味わうのみ。満腹が落ち着いたところで岩鏡へと向かい、とろりとした老神の湯に身を委ね。そして今宵最後のお湯にと選んだのは、混浴露天の赤城の湯。
片品川へと落ちる山肌を望む源泉かけ流しの浴槽は、こちらも上は熱め下はぬるめの二段式。下段の浴槽は浅めに作られており、全身を投げ出し揺蕩えばゆるゆるとした心地よさに抱かれます。
泊りがけで上州をしっかり旅するのは、今回が二度目。前回の湯ノ小屋に引き続き、またひとついけない場所に出逢ってしまった気がする。ちょっと群馬、ずるいじゃないか。早くもそんな満足感に包まれ、老神の夜は静かに更けてゆくのでした。
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