羽田から大空の旅を愉しむこと1時間40分、たんちょう釧路空港に到着。それにしても、涼しい。先ほどまでいた東京と同じ季節とは思えぬ気温に、遠路はるばるやってきたとの感慨が。
大きく羽を広げ優美に舞うたんちょうに出迎えられ、ようやく芽生えてきた初釧路の現実感。これから向かう初めての街への期待を胸に、『阿寒バス』の空港連絡バスに乗車します。
肌寒さすら感じる気温とともに、ここが遠い地であることを実感させるのが日没の早さ。18時半前にはあたりは漆黒の夜闇に包まれ、バスはどこをどうやって走っているか分からないほど。
それはそうか。僕の住む東京と比べ、ここは遥か東に位置する街だ。改めて日本の広さを嚙みしめつつバスに揺られること約45分、釧路駅前で途中下車。眼前には、あの日眺めた釧路駅。高校2年生、ぐるり北海道を一周したあの夏が懐かしい。
あれからもう、四半世紀を優に超えてしまったか。時の流れの速さにゾッとするも、あの時の自分には想像できないほど旅できているという幸せを噛みしめる。そんな若き日の想い出を懐かしみつつ歩くこと5分足らず、これから2泊お世話になる『ホテルエリアワン釧路』に到着。
チェックインを終え、早速自室へ。シングルルームにはセミダブルのベッドが置かれ、しっかりと荷物を置ける棚や窓際の机もあり快適なお部屋。駅近くという立地もあり、周囲の相場から比べてこれでいいの?と思えるお手頃価格も嬉しいところ。
時刻はもう19時半過ぎ、荷物をおろして夕食をとりに出かけます。釧路の街は駅と繁華街が離れているため、今宵は繁華街までは行かず駅の近くでお店を探すことに。
最近は、敢えてあまり下調べせずに旅するようにしている僕。駅前をちょっと歩いただけでもいくつかお店があり、どこにしようか迷ってしまう。ひと通り雰囲気を見たところで、最初にピンときたホテル近くの『いの一番』にお邪魔してみることに。
釧路といえば、言わずと知れた炉端焼きの街。どのお店もメニューは外に掲示されておらず、中も見えないため入るのにちょっとばかり勇気が必要。でもせっかくここまで来たんだからとえいやっ!と飛び込めば、そこに広がるのは絵に描いたような酒場の世界。
中央にドンと鎮座する、炭火の焼き場。それを囲むようにカウンターが廻らされ、どの客も静かに魚をつまみ酒を傾けている。あぁ、釧路だ。思い描いた炉端の情緒に早速心酔し、この旅最初のクラシックが一層旨さを増す。
おいしいお通しにクラシックを飲み干し、地元のお酒である福司の純米を2合徳利冷で。ちりちりと魚の焼ける音をつまみにちびちびやっていると、まず頼んだつぶ刺しが運ばれてきます。
おぉ、このつぶの感じ、久々かも。捌く際にぽっかりと穴のあけられた大きな貝殻、そのサイズに見合う身のボリューム感。久々の大きさと艶々とした見た目に誘われ、ひと切れを。
このとき、気を付けなければならないのが噛む位置。不用意に前歯で噛むとやられてしまう。そう思うほどの強烈な食感が、つぶ貝の醍醐味だと僕は思う。
改めて、ちょんとしょう油を付けて奥歯で噛みしめる。コリっと、そんな柔なもんではないゴリッというほどの歯ごたえ。それと同時に広がる、しっかりとした甘味と磯の香り、貝の旨味。
昔から大好物で、北海道へと渡ってきたらぜひ食べたいつぶ貝。そのなかでも久しぶりにこれはっ!と思える新鮮な味わいに、早くも釧路を選んで大正解だと思えてくる。
つぶの旨さを噛みしめつつ、おちょこ片手にメニューとにらめっこ。ほっけもいいし、漁の始まったさんまも捨てがたい。ししゃもやカレイも気になるけれど、そんな贅沢な悩みに揺蕩い選んだのは焼きさば。
目の前で、じっくりじっくり丁寧に焼かれる様子がまずご馳走。ご主人が見極め火から外したら、お皿に盛りつけられいざ僕のもとへ。
炭火で時間を掛けて焼かれたさばは、想像していたよりも濃い飴色に。立ちのぼる香ばしさに逸る気持ちを抑えつつ、箸を入れればパリッと小気味よい音と感触が。
ぱかっと割れた身を頬張れば、口から鼻へと抜けてゆく芳醇な薫香。じっくりしっかり焼かれているため余分な油や水分は落ち、身はほっくりとした凝縮感ある味わいに。
ちょっとこの感じ、今まで出逢ったことないかもしれない。これまで食べてきた焼魚とは一線を画す味わいに、これが炉端焼きというものなのかと嬉しくなってしまう。
それにしても、大きなさばだ。本当はさんまもいこうと思っていましたが、お腹と相談し方針を変えてくじら刺しを追加。それがまた大正解。
真っ赤な身はしっとりしなやかで、しっかりと宿る赤身の旨味。決してクセや臭みはなく、それでいて哺乳類だというのにほんのり感じる海の気配が印象的。思わずここで、福司を1合おかわり。
皮まで旨いさばをつつき、艶やかなくじらの旨味を地酒で流し。そんな至福な時間の〆にと選んだのは、大好物の焼き牡蠣。
釧路の仙鳳趾という場所で獲れたという、大ぶりなかき。殻からちゅるんと口へと運べば、これでもかというほど濃醇な海の香りが溢れてくる。その見た目の通り、ふっくらジューシー。身の詰まり具合を感じさせる弾力と密度が、このかきの濃さを物語る。
いやぁ、ちょっとこれは想像を遥かに超えてきた。海の幸と福司にお腹もこころも満たされ、ほっくりとした気持ちでお店を後にします。
ほろ酔い気分で歩く、夜の大通り。街は霧に白く煙り、涼しい夜風に乗って聞こえてくる海鳥の声。本当に僕は、釧路まで来たんだ。ようやく湧いてきた実感に、その事実がただただ嬉しくて堪らない。
部屋へと戻り、釧路初滞在を祝う宴の続きを。いの一番でその味を知った、釧路唯一の酒蔵だという福司。これまで北海道を訪れても、そういえば飲んだことがない気がする。
北海道らしさを感じさせるすっきりとした飲み口ながら、お米の旨味や甘味がしっかりと詰まった純米酒。北海道は、振興局が県ひとつ分。やっぱり現地まで来てみなければ、出逢えぬものがある。
8月下旬、僕の暮らす東京はスチームオーブンのような夜になっていることだろう。それが俄かに信じがたいほど、心地よい夜気の流れる釧路の街。日本って、本当に広いんだな。じんわりと広がる酒の火照りを癒す天然のクーラーに、初めての釧路の夜を感慨深く噛みしめるのでした。
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