釧路で迎える最後の朝。昨夜から雨は断続的に降り続いていたようで、窓の外には濡れた街並み。昨日一日、持ってくれただけで充分じゃないか。そう気持ちを切り替え、身支度を整えます。
出発前に、まずは腹ごしらえ。朝食会場へと向かうと、こじんまりとしていながら数々のお料理が並んでいます。なす炒めや鶏の照り焼き、北海道らしいつぶの煮貝にたらこ。どれもご飯に合うものばかりで、ビジネスホテルで郷土色を感じられるのも嬉しいところ。
おいしいおかずにたっぷりおかわりしたかったのですが、お腹の調子を考え泣く泣く控えめに。というのも、今日は半日バス移動。久々の長時間トイレなし環境に備え、念には念を入れておきます。
快適な滞在を叶えてくれたホテルエリアワン釧路を後にし、すぐ近くに位置する釧路駅前バスターミナルへ。そこに停まっているのは、若き僕を魅了したあの印象的な塗装のバス。
26年前、美幌から川湯まで乗車した阿寒バス。あのときとは若干の変化はあるものの、高校生の僕の心を射抜いた丹頂カラーが未だ現役であることがただただ嬉しい。
おとといの到着時から、丹頂カラーに懐かしさとときめきを噛みしめてきた。そんな僕も、これから『阿寒バス』の車上の人に。ターミナルのカウンターで乗車券を受け取り、定期観光バスピリカ号に乗り込みます。
始発である釧路駅から6名程度の乗客を乗せ、ピリカ号は定刻に発車。窓の外には、雨上がりに佇む釧路駅。もうここへは、戻ってこない。滞在中幾度も目にしたこの駅舎、そう思うと少しばかり切なくなる。
途中フィッシャーマンズワーフMOOと釧路プリンスホテルを経由し、満員となったピリカ号。とはいえ50名ほど乗れる観光バスに対し30名ちょっとで満員と、ゆとりをもった定員設定がひとり旅にはありがたい。
乗客も一人利用が意外と多く、団体行動のバス旅ながら落ち着いた空気が流れる車内。実はちょっとばかり、バスツアーの雰囲気が苦手な僕。内心ほっとしつつガイドさんの説明を聞いていると、車窓には緑が増えときおり馬も佇む道東らしい光景が。
釧路湿原の西縁をなぞるようにして走る道道53号線を行くバス。本来なら木々の先に湿原が広がっているはずですが、今日の天気ではまったく見えず真っ白な世界。
白く染まる北斗展望台を車窓から見送り、そのまま北上を続け鶴居村へ。すると立ち込めていた霧も薄くなり、雄大な道東の情景が徐々にその姿を見せてくれるように。
平たく広がる湿原に別れを告げ、緩やかな起伏の続く緑豊かな農地へ。牧草地や牛舎の流れる車窓を愛でていると、北海道の夏を感じさせる広々としたとうきび畑が。
雄大な大地のなか、ときおり現れる人の営み。牧草の緑に覆われるたおやかな丘陵、そこに放牧された牛が草を食む穏やかな車窓。牧歌的。この言葉を体現したかのような情景に、溜息を漏らさずにはいられない。
なんだか、いいドライブだ。たまたまふと目に留まり、行程上都合もよかったため乗車を決めたピリカ号。穏やかな口調のガイドさん、車窓を流れるのどかな景色。ゆったりと身を委ねているだけでそれらに包まれるという贅沢に、早くもこの選択が大正解だったと思えてくる。
釧路から雄大な道東の車窓を満喫すること2時間足らず、最初の見学地である摩周湖第一展望台に到着。公共交通機関利用では、なかなか来にくい神秘の湖。予約したときから、楽しみにしてたんだよな!
まぁ道中予測はついていたし、そもそもそう簡単に見られるとも思っていなかったし。ここが摩周湖だよと言われても、まったくその気配すら感じ取ることのできない濃霧。みんな思わず笑いが漏れてしまうほど、あたり一面驚きの白さ。
これはまた、再訪のための絶好の口実ができたというもの。霧の摩周湖という異名どおりの光景ににやける僕を乗せ、次なる目的地へと走るバス。
このときの僕は、まだ知る由もない。これから先、晩夏の道東の鮮烈な青さに包まれることを。
ひとり旅で初めて乗った、定期観光バス。その新鮮な体験に胸を高鳴らせ、流れゆく車窓を飽くることなく眼で追うのでした。
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