盛岡駅から送迎車を乗り継ぎ揺られること1時間45分、6年ぶりとなる『藤七温泉彩雲荘』に到着。さすがは東北地方最高地点、1400mに位置する秘湯。8月とは思えぬ涼しさが、硫黄の香りと共に肌を撫でてゆきます。
売店や立ち寄り湯のレジを兼ねた帳場でチェックインし、早速お部屋へ。今回はバストイレ無しの本館プランで予約。ひとり旅には丁度よい広さのお部屋にはすでに布団が敷かれ、開けた窓からは高原らしい爽やかな空気が流れ込みます。
いそいそと浴衣に着替え、待望のお風呂へ。こちらの露天風呂は、見ての通り噴煙地にそのまま造られた野趣あふれるもの。山肌に湧くお湯をひき入れているほか、湯船の底からもプクプクと温泉が自噴しています。
お湯は単純硫黄泉、泥色をした見た目と漂う硫黄臭がその濃さを物語ります。浴感はしっとり、まったり。硫黄泉にありがちな刺激もなく、肌にとろりと寄り添うような心地よい感触が堪りません。
湧出地直上に湯船が設けられているため、底にはたっぷりと湯泥が溜まっています。それを掬い肌へと塗れば、天然の泥パックにより湯上がり肌はすべすべに。ですが目に入ると砂で大変なことになるので、顔へ塗るのは禁物です。
地球の内部がそのまま出てきたかのような濃厚なお湯を堪能し、地獄を眺めながら湯上がりのビールを。吹く風や、身体からも感じる硫黄の香り。あぁ、堪らん。やっぱり僕は硫黄のにごり湯が好き。湯上がりの余韻をクンクンしつつ、冷たい刺激を味わいます。
部屋とお風呂の往復を楽しみ、お腹が空いたところで夕食の時間に。食堂へ向かう廊下や大広間は、雪の重みにより歪んでいます。さすがは冬季休業を余儀なくされる豪雪の地。自然の力を強く実感させる光景ですが、三半規管が弱い方は覚悟が必要かもしれません。
こちらの夕食はバイキング形式。この宿を知ったのはだいぶ前でしたが、このバイキングという点が自分的に引っかかり、どうも宿泊に踏み切れませんでした。
ですが初めて訪れた6年前、その郷土色溢れる内容に驚きました。そして今回も同様に、地の物や山の幸をふんだんに使った品々がずらりと並んでいます。
岩魚はひとり一尾、焼きたてをもらえます。天ぷらも揚げたてで、せりが香る鍋も熱々を楽しめます。鱒のお刺身はしっとりと旨味を感じさせ、ぜんまいや根曲がり竹を使った煮物も山菜の風味を活かす温かみある手作りの味。
コロッケにはふきのとうが加えられ、頬張ればふわっと香りと共に心地よい苦みが口に広がります。その隣の茶色いものは、鹿の味噌煮。獣ならではの旨味はありつつ、クセや臭みはありません。
山の恵みを活かした旨い料理をつまみに、お酒を愉しむひととき。やはり先入観だけで判断してはいけない。こんなバイキングなら大歓迎、あれもこれもとついつい食べ過ぎてしまいます。
そして〆は自分で湯通しするおそばを。山菜のほかなすの天ぷらもトッピングし、もうお腹は一杯。山へ来たら山の幸を。それをしっかりと味わわせてくれる夕食に、大満足で部屋へと戻ります。
一杯になったお腹を落ち着け、じっくり楽しむ湯と酒の時間。そのお供に選んだのは、南部杜氏発祥の地と言われる紫波は吾妻嶺酒造店が造る、吾妻嶺純米酒。お米の旨味を感じる飲みやすく美味しいお酒。
続いては僕の好きな銘柄のひとつである盛岡の桜顔酒造、南部杜氏純米大吟醸を。大吟醸ではありますが、しっかりとした旨味や風味を感じさせる味わいです。
旨い酒片手に、のんびり、ぼんやり。気が向いたら部屋を出て、静けさに包まれる露天風呂へ。夏真っ盛りの8月だというのに、肌寒さすら感じさせる夜風。同じ日本とは思えない。自分の暮らす街の居心地の悪い熱帯夜が、嘘のように思えてきます。
冷えた体を優しく包む、灰色のにごり湯。底から自噴するお湯と共に上がる泡を、ひたすら無心に眺めるひととき。ふと空を見上げれば、そこにはこぼれ落ちそうなほど広がる、満天の星空。
天空に佇む一軒宿。人影のない夜の静かな露天風呂は、泊まった者のみが許される幸せの時間。昨日までの熱い夜が嘘のように、八幡平の闇に心地よく溶けゆくのでした。
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