橋本屋で迎える静かな朝。一昨日、昨日と、たっぷりの湯浴みですっかりほぐされすっきりとした目覚め。そんな湯力を浴びるべく、ささっと浴衣を整え誰もいない湯屋へ。朝からのんびりと、ぬる湯に揺蕩う。そんな旅先だからこその贅沢に身を委ね、穏やかに流れる時間を嚙みしめます。
今朝も訪れた健全な空腹感を悦びつつ迎える朝食の時間。ちょうど良い塩梅に味付けされたほうれん草のナムル、手作りの温もりを感じる切り干し大根やなすとピーマンの炒めもの。
鯵の開きはこんがりと焼かれ、分厚い玉子焼きはほどよい塩味のほっくりとしたおいしさ。そのどれもが下部の恵みで炊いたご飯によく合い、最後のひと粒まで残さずおひつ丸ごと平らげます。
今回も、本当にゆるりゆっくりできたな。前回は初冬、今回は秋口。今度はまた違う季節に来てみよう。確実性を持ちすぎるほどの再訪の誓いを胸に、橋本屋さんを後にします。
起きたときには曇っていた空模様も、駅に着くころには青さを見せるように。出かける前は雨予報でしたが、どうやら一日天気は持ちそう。
はぁ、いい湯いい味いい宿だったな。そう思える宿との別れに付きまとう、ちょっとばかりの感傷。ローカル線の情緒漂うホームで去り際の淋しさにひとり浸っていると、定刻通りに富士行きの普通列車が入線。
来た電車を見てみると、ボックスシートではなくロングシート。えぇぇ、旅感あるボックスシートが良かったなぁ。なんて残念に思うのも束の間、3ドア車ならではの広い窓には流れゆく景色の大パノラマが。
列車は身延山の最寄りである身延駅を過ぎ、いよいよここからは初めて乗る区間。富士川の刻んだ谷に沿い、雄大な流れに寄り添い時には離れつつ走る身延線。一昨日渡った笛吹川からは想像つかない川幅の広さに、いかにこの川が暴れてきたかが伝わるよう。
ついに富士川に別れを告げ、大きな蛇行を交えつつダイナミックに勾配を下ってゆく列車。ぱっと展望が開けたら、そこにあるはずの富士山。今日は分厚い雲に隠れ、感じられるのは雄大な裾野の気配だけ。
下部温泉から山峡のローカル線に揺られること1時間37分、富士宮で途中下車。ずっとずっと、来たいと思っていた街。ようやくこうして訪れることができ、その悦びもひとしお。
物心ついたころから見える環境で育ち、きれいに見えた富士山に一目惚れしたというのが今の家に引っ越した一番の理由。自分的に、特別な想いを寄せる富士山。その山を御神体として祀る富士山本宮浅間大社の一之鳥居に、思わず感慨に耽ってしまう。
大きく深呼吸し見上げるほどの大きな鳥居をくぐると、そのそばにはさらさらと流れるきれいな川が。
この神田川は、浅間大社の境内にある湧玉池が水源。終始市街地を流れているにもかかわらず、川底の水草や石をはっきりと望めるほどの透明度。
富士山のもたらす美しい水に圧倒されつつ、浅間大社の門前へ。時刻はお昼過ぎ、朝ごはんをたっぷり食べたというのにもうすっかり空腹に。腹が減っては参拝できぬ、ということでお宮横丁に立ち寄ります。
市内には、名物である富士宮やきそばを食べられるお店がたくさん。どこにしようかと迷ってしまいますが、何せ初めての富士宮、ここは王道のものを味わえそうなお店をと『富士宮やきそばアンテナショップ』を選択。
ここは、「富士宮やきそば」という登録商標を管理する会社がやっているお店だそう。カウンターで注文し缶ビール片手に待つことしばし、作りたての富士宮やきそばが到着。
どれどれ、かの有名な焼きそばよ、君は一体どんな味をしているんだい?そう期待しつつひと口啜ってみると、まず驚くのが麺の食感。これ、僕の知ってる焼きそばじゃない。独特の弾力があり、なんだかクセになりそう。
一般的な焼きそばの麺は蒸してから茹でるのに対し、富士宮やきそばの麺は蒸してから急速に冷やし油をまぶすのだそう。これは冷蔵技術の未熟な時代、日持ちや行商による販売のためにこのような製法になったとのこと。
そしてこれまた中毒性をもつのが、甘めだけれど濃すぎないソース。食べ応えある麺によく絡み、それでいてくどさを感じさせない。たっぷりと加えられた細切りキャベツの甘さも引き立て、その絶妙な塩梅に感嘆してしまう。
おいしいやきそばをさらに旨くしてくれるのが、振りかけられた削り粉。鰯を主原料としているそうで、魚粉臭さはなく品の良い旨味と香りを添えてくれている。
正直に言いましょう。とはいえまぁやきそばだよな。食べる前はそんな感覚でいたことをお詫びしたい。ちょっとこれは、初体験だわ。唯一無二の食感を持つ麺と良き塩梅のソースの共演に、あっという間にひと皿ぺろり。
富士宮さんよ、やるじゃねぇか。名物に旨いものありを実体験し、今度は食べ比べしてみたいとそう思うのでした。
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