高松築港からヤドンに囲まれのんびり走ること1時間ちょっと、電車は終点の琴電琴平に到着。ここからいよいよ、7年ぶりとなるこんぴらさんへお参りすることに。
地方私鉄ならではの情緒をもつ終着駅を出ると、すぐ左手には目を引く灯籠が。この高燈籠は、瀬戸内を航行する船の指標として160年以上も前に建てられたもの。灯籠としては日本一の高さを誇り、かつての船乗りはこの灯台を目印にこんぴらさんを拝んだのだそう。
幾多もの船の往来を見守ってきた灯籠に別れを告げ、いざ参道へ。その前に、もう一度だけ振り返り鉄路のあるこの情景を。ことでん、次はいつ逢えるのだろう。そのときはきっと、京王帝都の残り香は消えているんだろうな。
車通りのある道を進み、いよいよ表参道へ。その入口で威容を誇るのが、こんぴらさんの御神酒を醸す金陵の醸造元。昨夜もおいしくいただきました。今回は時間の都合で寄れないけれど、また遊びに来られますように。
そしていよいよ始まった、金刀比羅宮御本宮へと続く785段の石段。最初は両側にお土産屋さんの並ぶ穏やかな表情を見せながら、ちょっとばかり登ると現れるこの急勾配。
暑い暑い、脚ぷるぷる。早くも7年という年月の重みを感じつつ、金刀比羅宮の神域を守る大門へと到着。そういえば、今回は駕籠屋さんの姿を見なかったな。そう思い帰宅後調べてみると、担ぎ手がご高齢のため5年前に廃止になったのだそう。
365段の石段を登ったところに位置する大門。ここまで来れば、あと約半分。高松藩主により寄進された重厚な門をくぐれば、参道を包んでいた賑やかさとは一変し爽やかな風のそよぐ静けさ漂う空間が。
こんぴらさんをお参りするのはこれで3度目だが、やはり大門をくぐった瞬間の空気感の変化には心を動かされる。
豊かな緑に包まれた参道を進んでゆくと、お食事中のうつくしい白馬が。前回ご挨拶した神馬月琴号は、残念ながら今年の元旦に亡くなったそう。現在はこの光驥号がその役目を引き継いでいます。
しばしの平場が広がる桜馬場で息を整え、いざ後半戦へ。立派な狛犬に護られる渋い風合いの銅鳥居をくぐり、さらに上を目指します。
一歩一歩踏みしめつつ登ってゆくと、目の前に現れる荘厳なお社。この旭社は、金刀比羅宮旧神宮寺の金堂として建てられたものだそう。隅々にまで施された緻密な彫刻に眼を奪われてしまう。
それにしても、暑いし喉が渇く。今日の湿気のせいなのか、それともこれが四十代というものなのか。最後の急登を前に、椅子に腰掛け小休止。
それでもやっぱり、ここまで登ると風が違う。木立越しにそよぐ涼やかな風に汗を引かせ、意を決して最後の難所である御前四段坂へ。
麓から785段を登り切り、ついに7年ぶりとなる金刀比羅宮の御本宮とご対面。よくもこの山の上に建てたものだ。そう感嘆させられる荘厳なお社に、三度こうしてお参りすることのできたお礼を伝えます。
そして、ここまで自分の足で登ってきたご褒美として爽快なあの眺めを。いや、ことでんに乗っているときから覚悟はしていたこと。瀬戸内海は姿を見せず、讃岐富士も辛うじてうっすらとその気配を感じさせるのみ。
あの素晴らしい展望を、初めて登った相方さんに見せてあげたかったな。まぁでも雨が降らなかっただけでも儲けもん。次の50代もお参りできるようにとの願いを託し、下山することに。
御本宮から旭社までは、下向道という先ほど登ったときとは別のルート。そうだよな、意外と登りより下りの方が脚にくるんだよな。早くもそのことを実感しつつ一歩一歩踏みしめてゆくと、高く積まれたマルキン醤油と金陵が。
注意深く足を運ぶ、昨日の雨に濡れた不揃いの石段。ふくらはぎのぷるぷるを感じつつ、それでも忘れずにまる金マークの輝くお馬の銅像にご挨拶。
そしてこちらにもご挨拶。愛媛の今治造船が奉納したという、真鍮製の巨大なスクリュープロペラ。海の神様を祀るこんぴらさん。航海の安全を願う人々の想いが伝わるよう。
四十代となった今回も無事にお参りを終えることができ、すっきりとした心もちでくぐる大門。すると眼前に広がるのは、この爽快な眺め。こればかりは、自分の足で往復したからこそ味わえる充足感。麓から吹きあがる涼やかな風が、こころの中を駆けてゆく。
残された急な石段を脚を震わせながら下りきり、無事下山。時刻は11時半を回ったところ、お昼を食べるために今回も『こんぴらうどん本店』にお邪魔することに。
国の登録有形文化財に指定されている、旧櫻屋旅館を改装したお店。飴色に染まる重厚な店内で待つことしばし、お待ちかねのしょうゆとり天うどんが運ばれてきます。
配膳されたときに店員さんがだし醤油をかけてくれ、あとは自分の好みで微調整。青ねぎ、天かす、しょうが、花かつおの乗った熱々のうどんを底からしっかりとかき混ぜ、味を行き渡らせたところでいざひと口。
うわぁ、やっぱり旨いよなぁ。つるつるとした滑らかさ、それでいて感じる小麦のぽってり感。太い麺はしっかりとしたコシや弾力がありつつも、アルデンテとは一線を画す芯までしっかりと火の通ったもっちり感。
続いて、揚げたてのとり天を。さっくり揚げられた軽やかな衣、中からはじゅわっと肉汁を宿すふっくらとした鶏のむね肉。すかさずうどんを頬張れば、口中が幸せで満たされゆくのを実感します。
熱々のうどんは、食べ進めてゆくと表面に変化が。小麦のもつでんぷん感がじわりと増し、風味のよいだし醤油と薬味がより絡むように。つるつる、もちもち、そして気持ちぺっとり。小麦の甘さも相まって、より濃密な旨味が舌を襲います。
いやぁ、旨かった。欲張って1.5玉の中を頼みましたが、これなら大でも良かったかも。相変わらずの食い意地に我ながら苦笑いしつつ、これまで歩いたことのない道を通り駅へと向かうことに。
こんぴらさんの神事に使用されるという鞘橋を遠くに望み、川を渡って進んでゆくと昭和の香りを色濃く残すアーケードが。こんな商店街、あったんだ。これだから、旅を重ねることがより愉しくなる。
二十代、初めて訪れたこんぴらさん。善通寺から走り出し、御本宮まで往復した後に途中海路を挟みつつ岡山までペダルを漕いだ。
三十代、人生初のゴールデンウイーク。海路と鉄路で紡いだ日本半周、その壮大な旅の最後に10年分の時の流れと自身の体の変化を実感した。
そして、四十代となった今回。まぁでも、思ったほどは悪くない。ふくらはぎのぷるぷるに目を瞑り、そんな風に強がってみる。
五十代、六十代と、この先一体どんな景色を見せてくれるのだろう。それを確かめるためにも、往復できる体力を維持せねば。不摂生を放置しておきながら、そんな柄にもないことを珍しく思う。
あの若き旅から、あっという間の17年。それでもなおこうしてこの地を踏むことのできる悦びを、改めてしみじみと感慨深く噛みしめるのでした。
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