予想外に快適な宿を提供してくれた魁泉。心地よく目覚め、もちろん朝風呂へ。しばらく浸かり、火照った体を広々とした中庭のデッキチェアーで休めます。なんという贅沢。朝からゆったりした時間が流れます。
昨日来た道を、石和温泉駅目指して引き返します。途中、昨日は暗くて気付かなかった葡萄畑が。さすが日本のワイン生産地草分け的な存在の山梨県。こんな道路沿いの住宅街にまで葡萄畑があるんですね。
中を覗くと、だいぶ色づきつつある葡萄たち。もう秋はすぐそこまで近付いてきています。
20分程で石和温泉駅に到着。丁度通勤、通学時間帯らしく、大勢の方が駅で電車を待っていました。僕が乗車するのはこの一本後。幸いみんな次の甲府行に乗っていってくれました。
ゴォーっと音を響かせて入線してきた、中央本線松本行普通列車。そう、僕にとって鈍行の旅といったらこの車両。2日目にして、いよいよ求めていたローカル線の旅らしくなってきました。
山梨といえばやっぱりこれ。甲府を過ぎて車内が空いたところで、石和温泉駅のキオスクで仕入れたワンカップ式の白ワインを早速開けます。軽いながらもフルーティーでとても飲みやすい。駅の売店でこんなふうにしてワインが手に入るなんて、さすがは山梨です。
つまみのサラミと一緒に噛みしめる、この雰囲気。ちょっと前までは東海道線や東北本線、高崎線などは当たり前にこんな電車が走っていました。
所謂エアサスではない、金属バネ特有の突き上げる揺れに、弾むようなクッションの効いた座席。決してスムーズではない加減速に、唸りをあげるモーター音。そして鶯色の壁の殺風景な車内。
お世辞にも快適とはいえません。快適ではありませんが、雰囲気はある。巨体を揺すりながら駆けていく車体は、まるで懐かしい思い出へ誘うゆりかごのように、僕を包んでくれます。
ふと窓の外を見ると、雲に隠れながらもうっすらと南アルプスが見えてきました。晴れていれば、どれだけいい景色なことでしょう。右を向けば北アルプス、左を向けば南アルプス。そんなところを列車はのんびりと走ってゆきます。
甲府盆地も終わりに差し掛かり、列車はグイグイと坂に挑んでゆきます。変わりゆく景色をつまみに、今度は赤ワイン。赤ワインも意外とちゃんとしたボディーを感じられ、ワンカップにしては上出来。東京でもこのタイプのワンカップ売ってくれないかなぁ。今日の朝食は、どうやらワインとサラミになりそうです。
途中日野春駅で特急の通過待ち。ずっと列車に乗っている鈍行旅客にとっては、いい気分転換になります。みんな、トイレやら、タバコやら、駅前散策やらで車外へと出て行きます。低いホームに古い電車と木造駅舎。いい意味で長閑な画です。これこそローカルの醍醐味。
しばらくすると、スーパーあずさが疾走していきました。社会人になってからというもの、都心をノロノロ走る特急を見るか、疾走する特急の乗客となるかしかなかったので、久々に狭いホームで全速力の特急の通過を見ると、迫力を感じます。急ぐ人たちを笑顔で見送る余裕、ちょっとだけ心にゆとりが生まれた瞬間です。
小淵沢を過ぎ、いよいよ長野県へと差し掛かります。車窓はどんどん山深さを増していき、広がる田んぼも山に挟まれた細長いものが目立ちます。この山を越えれば、もうすぐ諏訪湖に到着です。
長野県に入り、再び小休止。ちょっとの時間を利用して列車の顔を眺めに行きます。まじまじと見てみると、なんといい表情をしているのでしょう。塗装が変われど長年慣れ親しんだこの顔。あと何年見ることができるのでしょうか。
最近の、都会的だが画一的な電車と違い、この車両には表情があります。スマートではない、無骨という言葉がお似合いのかっこよさ。今までの長い時間、人々の生活や旅を支えてきたという、無言の自信のようなものが染み出ています。古老であっても、なお現役。今の新型車両は、この年輪を刻む間もなく引退していくことでしょう。
僕らの世代は、古き良き時代の最後の欠片を経験できた、ある意味幸せな世代なのかもしれません。これからの子供たちは、車両としての機械的なかっこよさは感じられるでしょうが、列車と言うものの持つ「味」や「深み」を知ることはきっとできないでしょう。
久々の中央本線の雰囲気に、すっかり懐古的な考えに浸っていたら、あっという間に上諏訪駅へと到着してしまいました。実を言うと、もっとこの車両に乗っていたかったのですが、キップの範囲もあり、今後の予定もあるので、後ろ髪を引かれながら泣く泣く降りました。帰りもこの車両しか来ないので、楽しみは帰りに取っておくことにします。
いよいよ、この旅のメインの一つ、諏訪湖の温泉へと向かいます。
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