鉄道の黎明期から戦前までの進化を辿り、いよいよ僕の知る国鉄時代へ。オレンジと緑に彩られたこの111系は、後の113系と共に東海道線を長きにわたり支え続けてきた車両。
側面へと回れば、静岡↔東京の表示が。そうだ、そうだった。この電車が大活躍していた時は、そんな長距離の普通列車がまだあった。ホームで眺める静岡という文字に、新幹線では味わえない距離感というものを感じたことが懐かしい。
一歩車内へと足を踏み入れれば、洪水のように溢れ出す懐かしい記憶。
113系、115系は僕の本当に好きだった電車。東京駅でたまに見かけるJR東海の113系には白い枕カバーが掛けられ、東日本にはない一種の華やかさすら感じた。東海道線、中央本線、総武線・・・。僕の普通列車の記憶は、この当時から止まったまま。それほどまでに僕を魅了した、車内を満たす濃厚な情緒。
続いては、中央西線の古のエース、キハ181系。まだ中央本線が電化される前、特急しなのとして名古屋と長野を結んでいました。
そう言えば、未だかつて乗ったことのない中央西線。三鷹生まれの僕にとって、中央線とはある意味特別な存在。まだ見ぬ中央本線のその先へと思いを馳せ、いつかは木曽谷を駆けることを夢見ます。
そして現れた、日本初の振子式特急として誕生した381系。見た目は普通の国鉄特急型ですが、その中身は異端児そのもの。当時鋼製が当たり前だった中、軽量化を目指し敢えて高価なアルミニウム合金製とされています。
それにしても、何度見ても惚れ惚れとしてしまうこの塗色。初めて東京大阪間を日帰り可能とした151系こだまから連綿と続いた国鉄特急色は、独特ながら見飽きないのが特徴。これほどまでに多くの人々の心を打ち記憶に残るデザインは、もう二度と現れることはないでしょう。
国鉄色に心酔しつつ台車へと目を向ければ、381系を381系たらしめる機構である台車に取り付けられたコロが。曲線へと差し掛かるとこのコロが動き、車体を左右に傾けるのです。
左右に大きく車体を振るため、その断面も独特なもの。車両限界を超えないよう裾が大きく絞られ、下膨れのような形になっています。
車内は一般的な国鉄特急の雰囲気と同じですが、違うのは日よけの設備。通常はカーテンやロールカーテンを使うところ、こちらの車両には二重窓の間にベネシャンブラインドが組み込まれています。窓枠には、それを上下させるためのハンドルが。初の振子特急ということで、ゆらゆらと揺れるカーテンを避けたのかもしれません。
色濃く感じる国鉄の残り香にくらくらしつつ壁へと目をやれば、トイレ使用中を知らせる白熱灯のサイン。「便所使用知らせ灯」。なんとダイナミックで分かりやすい名称なのだろうか。30年以上前、僕が初めてこの文字を目にした時に感じた潔さは、今でも忘れない。
現車の展示を心行くまで味わい、1階の展示フロアを後にします。そして上から俯瞰する、過去から現代への輝かしい系譜。これらの進化がたった1世紀のうちにあったなんて。鉄道技術の一層の向上のため日夜努力する人々のおかげで、我々は生活を営み、旅を続けられるのです。
2階には様々な品が展示されたスペースが並び、中でも僕の心の琴線に触れたのが100系新幹線誕生までの特別展示。僕にとっての国鉄の華、それこそが、東海道新幹線を駆け抜けた100系。
実現されることなく終わったデザイン案や、初の2階建て新幹線を作るための試行錯誤の跡。それらの中で一際目を引いたのが、食堂車に使用されていたというエッチング板。
蒸気機関車に始まり、花形であったブルートレイン、特急こだまから0系、そしてその集大成である100系までの歴史が緻密に表現されています。温故知新。現代では失われつつあるこの思いが凝縮されているようで、思わず目頭が熱くなってしまう。
思う存分鉄道の世界に浸ったところで、優雅な座席で一休み。かつてのぞみの代名詞である300系で使用されたグリーン車の座席が並び、自由に座ることができます。お尻に感じる快適さに、思わず気分は社長や芸能人。
久々に味わう濃い鉄道体験に満足しつつ進むと、そこには昔懐かしいマルス発券機が。子供の頃、旅行は自家用車ばかりだったうち。めったに乗らない新幹線の指定券を取りに行った時の胸の高鳴りは、今も決して忘れられない想い出に。
ネットや券売機で特急券が買えない時代、みどりの窓口には今では想像できないほどの長蛇の列ができていた。並んで、待って、ようやく順番に。子供にとっては背の高いカウンター越しに見る、ページをめくりピンを刺すという作業。その光景に、どれだけワクワクしたことか。
受け取った緑の指定券。日付はちょうど1か月後。その1か月という時間が、どれほど待ち遠しく長く感じられたことだろう。その原体験があったからこそ、大人になった今でも僕は、のりものに乗るという行為を大切に思いたい。
ゴールデンウイーク、賑わう館内。そのことすら忘れてしまうほど展示に没頭してしまい、見終わったころには若干の放心状態に。
僕は電車が好きで本当に良かった。鉄道から飛行機、バス、船へと広がった自分の乗り物好き。だからこそ、旅が一段と楽しくなる。旅には必ず発生する、移動という時間すら楽しめる。点としての旅行ではなく、線としての旅。もし乗り物好きでなかったら、この生き甲斐には出会えてないはず。
物心ついたころから自分を支えてくれた、大切な趣味。改めて自分の軸へと目を向けさせてくれた鉄道車両たちに別れを告げ、大海原へと旅立つ決心をするのでした。
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