特別急行で、いつもの先へ。~諏訪路を彩る金と銀 1日目 ①~ | 旅は未知連れ酔わな酒

特別急行で、いつもの先へ。~諏訪路を彩る金と銀 1日目 ①~

1月下旬雨の新宿駅E353系あずさ号 旅行記

1月中旬、冷たい雨の新宿駅。いつもなら何とも思わぬ日常の光景も、ここが旅立ちの地だと思うと一気に色彩を帯びてくる。僕はここから、あずさに乗る。鉄道の原体験を作ってくれた、僕にとって大切な列車。登場から半世紀以上走り続ける、中央本線の名門列車。

1月中旬E353系あずさ号で黒ラベルを
見慣れたいつもの中央線を金星片手に眺めれば、旅立ちの悦びを感じずにはいられない。これから仕事へ向かう人々を見送りつつ、仕事上がりに飲むビール。一昼夜勤務は大変だけど、こんな瞬間がちょっとばかり嬉しい。

1月中旬E353系あずさ号車窓から三鷹駅を見送る
中野、荻窪、吉祥寺・・・。物心ついたころから何度も通ったこの道を、新しいあずさ号で通過するという日常の中の非日常。

そういえば、この車両になってから地元の駅を通過するのは初めてだっけ。そんなことを考えていると、生まれ故郷である三鷹を通過。もう三鷹には、特別急行は停まらない。その事実を知ったとき、僕は言いようのない切なさを覚えた。

小学校に上がる前、普段あまり電車に乗ることのなかった幼少期。それでも三鷹から吉祥寺まで乗るときなどは、異様に胸が高鳴ったことを今でも思い出す。

たった一駅なので、いつも黄色い電車や銀色の電車。折り返しの発車を待っていると、ホームに流れるアナウンス。特別急行かいじ号甲府行き。その響きにワクワクしていると、対岸のホームに滑り込む肌色と臙脂の特別急行。

赤と緑の手旗を持った助役さんの立ち姿、空を切り裂くくちばしの鋭さ、ヘッドマークに描かれた富士や梓川の情景、方向幕に書かれたまだ見ぬ遠い行き先、車体に輝くJNRの銀色、抵抗器を冷やすブロワーの唸り・・・。今の僕を形作ったあずさとかいじの記憶は、今なお心に焼き付いて離れない。

E353系あずさ号車内で丸政新宿弁当を
新幹線とは違う、特別急行での旅立ちに宿る独特な旅情。それも縁もゆかりもある中央本線ともなれば、自分の半生を振り返るかのように様々な記憶が甦ってくる。そんな想い出の波間に揺蕩いつつ、旅の供である駅弁を開けることに。

丸政新宿弁当中身
今回購入したのは、小淵沢の丸政が調製するその名も新宿弁当。ターミナルである新宿を出発し、甲州、信州へと中央本線沿線の味が込められています。

まずは新宿から。左上に隠れてしまっていますが、原木採りの椎茸煮には以前新宿一帯で栽培されていたという内藤とうがらしを使用。ギュッと凝縮感のあるきのこの味わいに、ピリッとした心地よい辛味が良いアクセントに。

続いては甲州。山梨名物だというソースカツは、お肉に絡む甘辛ソースがビールにもご飯にもピッタリ。野菜の味を活かした甲州煮や八ヶ岳高原の卵を使った玉子焼きも、駅弁に欠かせない名脇役。ご飯に載せられた甲州小梅は、カリッとした食感と梅の風味が何とも爽やか。

そしてこの列車の目指す先、信州へ。ドンと存在感を示す鮭の味噌焼きには信州味噌の原点ともいわれる安養寺味噌が使われており、深いコクと豊かな旨味が鮭の味わいに絡み絶品。添えられた名物野沢菜炒めとともに、ご飯がどんどん進みます。

1月中旬E353系あずさ号雨の車窓
これから辿る鉄路を味覚で先取り。そんな列車旅の醍醐味を味わっていると、東京、神奈川と抜けいつしかあずさ号は山梨へ。次第に増えるトンネル、乗車していてわかるほどの勾配。連続する曲線や深い谷を一跨ぎする鉄橋に、よくも明治時代にこんな場所に鉄道を通したものだと感動してしまう。

1月中旬E353系あずさ号雨の車窓すれ違う貨物列車タンク車を見送る
列車は急峻な山の縁を越え、雨に煙る甲府盆地へと駆け下ります。斜面に立ち並ぶ果樹の合間を、急勾配を乗り切るために左右へ行ったり来たり。地形的な制限を受ける鉄道において、当時の人々のルートファインディング力と土木力には感服せざるを得ない。

古くからの在来線の持つ、旧道然とした特別な旅情。そんな情景をより味わい深いものとする、タンク車を連ねた貨物列車。子供の頃、地元には居なかったこの車両を立川あたりで目にするのが好きだった。

1月中旬E353系車窓雨はいつしか雪に変わる
再び甲府盆地の縁へと挑み、険しさを増す鉄路。降り続けてきた雨もいつしか雪に変わり、ここが自宅から二条のレールでつながっているとは俄かに信じがたいほどの水墨画のような世界に。

1月中旬E353系白銀に染まる車窓
降る雪はどんどんと勢いを増し、それに比例するかのように高まりゆく旅先への期待。これから一体、僕はどんな時間を過ごせるのだろうか。「いつも」の先へと僕を連れ去るあずさ号に身を委ね、流れる銀世界をただただ見つめるのでした。

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