灯台下暗し。この旅で、僕は久々にこの言葉の意味を痛感することとなった。
11月上旬、まだ真新しさを感じさせるバスターミナル東京八重洲。ここから僕は、隣県へと旅に出る。向かうは房総半島中央部、そこには濃い黒湯が湧いているらしい。
初めてのターミナルから、初めての地へ。そんな未知なる旅路を目前に、胸を騒がす高揚感。そんなひとり密かに昂る僕を乗せるバスが、ガラスに隔離されたホームへと静かに入線。『日東交通』と京成バスの共同運行する高速バスアクシー号で、一路奥房総へと旅立ちます。
バスは東京ミッドタウン八重洲の裏から細い道を抜け、京橋入口から首都高へ。免許のない僕にとって、首都高に乗ること自体が観光のようなもの。かつての運河の底を走るこの区間。擁壁や橋に水路だった時代の残り香が感じられ、交通好きの僕は思わずにやけてしまう。
早くもテンション上がりっぱなしの反動か、それとも3時半起きのせいか。せっかく楽しい首都高の車窓も、気づけば暗転し夢の中。眩い青さにふと目が覚めると、目の前には東京タワーすら埋もれてしまうような東京の湾岸風景が。
お台場から東京港トンネルを抜け、川崎方面へと走るバス。年に一度の八重山への旅立ちの地である羽田空港を見送り、あの地上の楽園に思いを馳せずにはいられない。
でも今日の旅路は、それに負けず劣らず絶好調に青い。アクアラインのトンネルを抜ければ、眼を細めるほどの眩い世界。
遠くに霞む工業地帯、静かな海原に浮く小さな船。このルートで千葉入りするのは2度目ですが、僕の知っているつもりの東京湾とは全く異なるうつくしさに感動しきり。
高速道路を走っているというよりも、ジェットフォイルや着陸直前の飛行機に乗っているような不思議な感覚。そんな胸のすくような青い世界に浮足立つのも束の間、海の色が浅瀬を感じさせ海苔の養殖場が見えたらあっという間に木更津金田インターに到着。
東京湾の横断を終えたバスは、今度は房総半島の横断へと挑みます。眼下には、ゆったりと流れる小櫃川。僕はこれから、この川のもっと上流へと向かってゆく。
これまで2度ほど泊りがけで房総を訪れましたが、いずれも海側だったため内陸部へと向かうのは初めてのこと。目に映るものすべてが新鮮で、いつも以上に車窓が楽しい。
さすがは米どころ千葉県、車窓の多くを占める刈り取りを終えた田んぼ。そんな長閑な田園風景も奥行きを失くし、いよいよ山越えが近いことを感じさせる様相に。
頭では理解していたつもりだけど、房総半島ってこんなに山深いんだ。高さがあるわけでもなく、人家もしっかりある。それなのに、思った以上の山中感。
連続する勾配とカーブに身を委ねていると、巨大な研究施設の集積地であるかずさアークバス停に到着。その入口では、秋の訪れを知らせるように早くも色づきはじめる立派な紅葉が。
さらに山深さを増してゆく車窓。木更津と君津の市境を越える県道23号線へと入ると、想像をを遥かに超える深い森へ。この光景だけ見ていると、今自分が千葉県にいるということを忘れてしまいそう。
これまで登った分を取り返すべく、森の中を延々と下り続けるバス。すると急に視界が開け、眼前にはぽっかりと広がる盆地が。あまりの突然の出来事に、ただただ唖然とするのみ。
山奥に隠された、長閑な田園。突如現れた秋色の盆地に、強く心を染められる。これだから、旅はやめられない。僕は一体、千葉の何を知っているつもりだったのか。
バスは黄金色の田園を抜け、城下町久留里へ。街道沿いには歴史ある建物が増え、古からこの地方の中心地であったことが伝わるよう。城跡もあり、自噴する名水も点在し。今度は時間を取って訪れてみたい。
小櫃川や久留里線に沿い、久留里街道をひた走るバス。車窓を染める秋色に、どこか知らぬ遠い場所へと来たような錯覚が。
都心を縦横無尽に縫う首都高を抜け、長いトンネルを経て青く輝く東京湾上へ。房総半島に着陸すれば、そこから先は未知なる世界。山あり谷あり、盆地あり。めくるめく車窓にこころ奪われ、早くも房総の奥深さに圧倒されるのでした。
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