枯色、極彩、湯の香り。 ~奥日光 冬支度 1日目 ④~

晩秋の日光東照宮奥宮へと続く長い石段

穏やかに眠る猫に別れを告げ、徳川家康の眠る奥宮へ。その途中には、天を目指しまっすぐに伸びる杉の木立に守られる長い石段が。

実はこの石段、両側に並ぶ土台に柱、笠石は、一枚の石をくりぬいたものだそう。冬の日光の寒さにより変形しないようにとそう造られたようですが、こんなところにも手間と贅の限りが尽くされているということに驚き。

日光東照宮徳川家康の眠る奥宮の拝殿
木立から漏れる温かい晩秋の日差しを浴びつつ石段を登り、徳川家康の墓所である奥宮へ。これまでの建物とは一変し、漆黒と金にまとめられた重厚な拝殿。下の華やかな世界とはまた違う、東照宮の持つもう一つの空気感を味わいます。

日光東照宮徳川家康の眠る奥宮の御宝塔
拝殿でお参りをし、奥の御宝塔へ。ここに江戸という街と、長きにわたり続いた平和な時代を築いた徳川家康が眠っている。多摩とはいえ東京に生まれ育ち東京で生きる僕にとって、ここへ来るとやはり何かを思わずにはいられない。

日光東照宮奥宮の参道を照らす杉の木立越しの秋の日差し
今の姿は決して好きとは言えないけれど、それでも生まれ故郷としての淡い良い思い出がたくさん詰まっている街、東京。

そうだ、僕は本当は東京が大好きだった。だからこそ、あまりにも土足で踏みにじられてしまった今の東京が嫌いなんだ。忘れかけていたそのことを思い出し、もう少しだけふるさとで頑張ってみようと決意します。

日光東照宮三基の神輿が納めらえれた神輿舎
人々で賑わう境内を抜け、落ち着いた中にも締まりのある装飾が目を引く神輿舎へ。ここには春秋渡御祭に使用されるという三基の御神輿が納められています。その三基に祀られているのは、徳川家康、豊臣秀吉、源頼朝というそうそうたる顔ぶれ。もし自分が歴史好きだったら、きっともっと楽しめたことでしょう。

日光東照宮去り際にもう一度陽明門を
江戸時代から続く荘厳さを存分に浴び、きらびやかな陽明門の姿をもう一度。平成の大改修を終えたこの姿は、今でしか見られない鮮やかな煌めきそのもの。次の大改修のときには、きっともう生きていない。だからこそ、悔いの残らぬようその輝きを目に心に焼き付けます。

日光東照宮陽明門の脇で遊ぶ唐獅子たち
艶やかな陽明門をくぐれば、その脇に遊ぶ唐獅子たち。唐獅子、狛犬。パグ飼いの僕は、絶対この子たちのモデルはパグやペキニーズだと信じています。耳にお鼻、目にお手々。この可愛さは、ぜったいそうに違いない。

日光東照宮陽明門脇に連なる廻廊
横へと視線をずらせば、見事な透かし彫りで花鳥をあらわした廻廊が。下部には燭台が並び、夜ここにずらりと蝋燭が灯ったらどれほど美しいのだろうかとひとり妄想してしまいます。

日光東照宮花鳥の透かし彫りの施された極彩色の廻廊を見上げる
下へと回り、その美しさを別の角度から。真横から眺めた時もさることながら、一歩引いたこの位置からでも伝わる立体感は言葉をなくすほど。くどいようですが、この彫刻は一枚の板から創りあげられた透かし彫り。極彩色をまとった彫刻の持つ躍動感は、数百年の時を経て命すら手に入れたかのよう。

日光東照宮鳴きで有名な本地堂
見事な彫刻群に見下ろされつつ進めば、鳴き龍で有名な本地堂へ。こちらは神仏分離により、現在は日光山輪王寺の管理となっています。

中へと入れば、天井から眼光鋭く睨みをきかす巨大な龍。その迫力に圧倒されてしまいますが、ここで絶対に体験したいのがその鳴き声。

龍の頭の直下で拍子木を打つと、甲高い音の後に響くころころとした鈴の音。他の場所で打っても音色はただの拍子木のもの。計算されつくした、ただ一点でのみ許される、吸い込まれるような共鳴音。これがコンピューターもない江戸時代に造られたということが、にわかに信じがたい。

日光を見ずして結構と言うなかれ。その言葉の通りだと、僕は思う。せっかく日本に生まれたのなら、一度は日光を訪れてみるべき。そう思わせるほどの美しさと圧倒的空気を持つ、日光東照宮。9年ぶりにその力を全身に浴び、満たされた気持ちで東照宮を後にするのでした。