3泊過ごした奥日光で迎える最後の朝。窓から外をのぞけば、枯色の山々を重たく覆う曇り空。今日は少し歩く予定。雨が降り出さないかと気に掛けつつ、朝の静かな湯屋で真っ白なお湯に浸ります。
全身の毛穴という毛穴に硫黄分を補給したところで、朝食の時間に。今朝も食卓にはご飯に合いそうな数々の品が並びます。
こんがりと焼かれた香ばしい鯖に、おだしをたっぷり含んだ湯波の煮物。たらこやとろろ、納豆とともに、お腹いっぱいご飯を平らげます。
部屋へと戻り、パンパンのお腹を落ち着け最後の一浴を。何度味わっても、この瞬間は寂しさを覚えるもの。すっかり心身を染めあげてくれた日光湯元のシルキーな濁り湯とも、しばしのお別れ。その名残を可能な限り味わうべく、肌へ鼻腔へ心へと、硫黄の存在感を存分に吸い込みます。
オフシーズンとはいえ驚きのお値段で美湯を満喫させてくれた湯守釜屋に別れを告げ、湯元温泉をのんびりぷらぷら散策することに。まずは宿のすぐ近くに位置する温泉神社へと向かいます。
1200年以上前に、日光開山の祖といわれる勝道上人が発見したという湯元温泉。その温泉を見渡せる場所に建立された神社は、悠久の時を越えていまも静かにいで湯の街を見守り続けています。
その温泉神社から望む、群馬との境を成すうっすらと冠雪した山並み。この地が下毛野国、山向こうが上毛野国と呼ばれた頃から変わらないであろうこの眺めを、初冬という枯の風情が一層味わい深くしています。
高台からの渋い眺めを味わい、温泉街を抜けて温泉寺へ。こちらも勝道上人が創建したとされる薬師堂に起源をもち、春から秋までは日本でも希少なお寺に併設された湯屋で源泉を味わうことができます。
半世紀ほど前まで、裏手の温泉ヶ岳の頂上に建っていた薬師堂。台風によりお堂は倒壊しましたが、祀られていた薬師瑠璃光如来像は無傷だったそう。そのことから地元の方々のより篤い信仰を集め、ここに温泉寺として再建されたのだそう。
人々を病から救うというお薬師様にお参りし、隣に広がる湯ノ平湿原へ。冬の近づきを教えるかのような色彩に支配された湿原の先には、僕を満たしてくれた湯元の源泉小屋が見え隠れ。
湿原内にも源泉が点在するようで、枯草の合間に覗く妖しい濁りが独特の空気感を漂わせます。枯、侘。緑が潰え、雪に染まる前の一瞬の寂しさ。この時期にしか見られない、胸の奥を微かに締め付けるような荒涼とした世界。
宿の立ち寄り湯に来ていた地元のおじさんの話しでは、いつもならもうすっかり雪が積もっている時期なのだそう。
僕は冬を迎えにここへ来た。白銀と白湯という希望は叶わなかったが、これはこれでものすごく良い。しみじみ感じる、冬の足音。四季とは4つの季節ではない。その合間には、無限のグラデーションが織り込まれている。
コンクリートの隙間で用意された季節の中で暮らす僕にとって、忘れかけていた当たり前の日本の季節。この年、この時期だからこそ味わえた偶然の枯色に、心の奥深くまで染められるのでした。
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