穏やかな湯と味で満たしてくれた嶽温泉ともお別れのとき。6年前と変わらぬ高原らしい爽快な眺めを目に焼き付け、『弘南バス』で弘前市街へと戻ることに。
市役所前でバスを降り、弘前公園へ。重厚な追手門の前には、出陣前のねぷたの姿が。弘前の夏を象徴するような光景に、通る観光客も皆写真を撮ってゆきます。
桜で有名な弘前公園。この時期は旺盛に茂る葉の緑に覆われ、津軽の短い夏を力いっぱい全身で満喫しているかのよう。そんな葉の奥に隠されるようにして佇む、辰巳櫓。江戸の名残が、今もこうして日常にあるということ。やっぱりお城のある街は好き。
じりじりと肌を焼く陽射しも心地よく、桜の葉擦れの音を耳に感じつつ歩く城内。このどっしりとした南内門をくぐれば、広々とした二の丸へと入ります。
どこまでも連なる桜の木々と、優美に葉を垂らす枝垂れ桜。花の時期はそれは見事なことだろう。その姿に桜色の妄想を重ね、いつかはその季節に来てみねばと心に誓います。
弘前城は現在石垣の改修工事中。表の大きな石が取り除かれ、内部の石積みの様子を見ることができます。大小様々な大きさや形の石が詰め込まれた石垣内部。この構造だからこそ大きな重量にも耐え、地震などの衝撃にも耐え続けてこられたのでしょう。
お城を次の百年へと繋げる工事を見つつ、のんびり歩く弘前公園。踏む砂利の感触も心地よく、気付けばお城の反対側へ。桜の豊かな緑に包まれ、丑寅櫓も夏を悦んでいるかのよう。
広々とした四の丸へと進むと、そこには仮置きされた石垣の石がずらりと並ぶ姿が。このように分解された石垣を見たことは何度かありますが、こんなに近くで目にしたのは初めてのこと。それぞれ番号がふられ、再び自分の持ち場に戻るときを静かに待っています。
どこまでも広がる夏空に映える、どっしりとした亀甲門。重厚な姿を目に焼き付け、再訪を誓いお城を後にします。
緑豊かなお堀端を歩き、お城のすぐ隣に位置する『津軽藩ねぷた村』へ。こここそが、6年前僕の心を鷲掴みにした運命の場所。今回はここでお土産を買い、自宅へと送ります。
再びお堀沿いに歩けば、夜を待ちわびるかのように待機する幾多ものねぷたが。あと数時間後には、弘前の街は熱さに包まれる。二夜目への期待に、今から胸は高鳴るばかり。
そして今年も、このお店へ。お城の近くにある『ゑびすや履物店』にお邪魔します。毎年春から秋にかけて愛用している、津軽塗の下駄。最初に買ったものがもう限界までちびってしまったので、来年に向け新しい下駄を迎えます。
そろそろ時間も良い頃になり、早めの晩酌を。市街地に位置する『創作郷土料理の店菊富士』で、津軽の味を愉しむことにします。
まずは大好物の、ミズの水物を。クセが無く、シャキッとした食感と独特なぬめりが旨いミズ。東北に来たら絶対に食べたい魅惑の山菜に、早くも地酒を頼んでしまいます。
続いてはそばもやしを酢醤油で。てっきりお浸しのようなものだと思い注文したら、生ですか?茹でですか?と聞かれました。え?もやしを生食で?とも思いましたが、その珍しさに生を注文。
これまでも何度か食べたそばもやし。豆ではなくそばからできるもやしは、極めて細いのに強い食感が特徴。初めて食べる生の食感は、さくっと、シャキッと、これまで感じたことのない美味しさ。生ならではの瑞々しさもあり、これがまた抜群に酒に合ってしまう。
ミズにもやしとさっぱりしたものの後は、弘前の誇る郷土料理であるいがめんちを。こちらも揚げと焼き、好みの調理法を選べますが、今回はオーソドックスな揚げを頼みました。
できたて熱々をひと口。もうね、本当にね、旨いんだよね!!なんで東京にいがめんちが無いんだろうか。弘前へ来て食べる度に、素朴なその旨さに感動してしまうのです。
粗く刻まれたイカは食感が適度に残り、たっぷり入った野菜の甘味がふんわりと全体を包みます。食感は外はカリッと、中はちょっとだけしっとり、とろり。強いて例えるなら、しっかりめのお好み焼きやたこ焼きに近いような印象。これが地酒に合わないわけがありません。
旨い料理に旨い酒。郷土料理や創作料理がたくさん揃っているので、気をつけないとねぷたが始まっても飲み続けてしまいそう。後ろ髪をひかれる思いで、今宵の〆である若生昆布の巻おにぎりを注文します。
若生とは、1年目の昆布のこと。まだ若いため薄く、歯で噛み切れる程度のしっかりとした歯ごたえが魅力的。その若生で巻かれたおにぎりを頬張れば、プチっとした海苔には無い独特の食感の後に広がる、強い旨味と適度な塩分。しみじみ、旨い。具などいらない。昆布の旨味がお米の甘味を最大限に引き出します。
太宰治も好んだという若生のおにぎり。じんわりと伝わる津軽の滋味に浸りつつ、残りの酒を傾ける。さぁ、もうすぐだ。弘前の街を埋めつくす光の華へ思いを馳せ、幸せな夕暮れ時を味わうのでした。
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