旅のフィナーレの幕開けを彩る光の道とキタキツネに心を灼かれつつ歩くこと20分、『新日本海フェリー』の発着する苫小牧東港周文埠頭フェリーターミナルに到着。旅は終盤でも、まだ終わらない。ここから日本海へと向け、新たな航海が始まります。
この巨大な船が、僕を本州へと連れて帰るらいらっく。白亜の船体に走る濃淡ブルーのラインと、優雅に飛翔する二羽のかもめ。船首に西日を頂くその姿からは、日本海を行く女王としての気品すら感じさせるよう。
賑わうターミナルで乗船開始を待つことしばし、ついに北の大地とお別れのときが。ボーディングブリッジを渡り、船内へと乗り込みます。
たくさんの船客を出迎えるロビーを彩るのは、太平洋フェリーのものとはまた違うきらびやかさ。未来感を分かりやすく具現化したようなデザインが、僕の乗り物好きの心を刺激するよう。
飾られた鎧兜にこどもの日であったということを思い出しつつ視線を上げると、そこには男鹿のなまはげ凧が。この航路は、秋田を経由する便。昨年はまなすに乗船した時も感じたのですが、新日本海フェリーが寄港地を大切に思う気持ちが伝わるよう。
混雑したフロントでチェックインを終え、すぐには自室に向かわずちょっとだけ探検を。往路に乗船した太平洋フェリーのきそはボーディングブリッジと乗船口が直結する構造であるのに対し、このらいらっくはデッキを介して乗船するスタイル。何となく気分的なものですが、古き良き時代からの船旅の風情を残しているよう。
左舷側へと移れば、美しい夕空に映える巨大な火力発電所が。昨年の地震で被害を受けたこの苫東厚真発電所も、今は元気に道民の暮らしを支えています。
柔らかな北海道の夕焼けを浴び、船内へと戻ります。自室へと向かう通路はいい意味で飾り気がなく、時に荒れ狂う日本海の航海を通年支えるという実直さが伝わるよう。太平洋フェリーが演出するクルーズ感もさることながら、この交通機関に宿る正統派の姿に僕は心を打たれてしまう。
今回予約したのは、昔ながらの二段寝台であるツーリストB。今回の旅を思いついた時には、わずかにこの区画が残っていただけ。運よく確保できなければ、この船旅は成立しませんでした。
重たい荷物を早速おろし、クラシック片手に再びデッキへ。深みを増した夕刻の空と、それに比例するかのように存在感を増す発電所の灯り。刻一刻と迫る北の大地との別れの時間を、喉に感じる苦みと共に噛みしめます。
船尾へと移動し、座ってぼんやりと待つその瞬間。バーベキューガーデンと名付けられたテラスには透明な屋根が掛けられ、雨をしのぎつつ海原の景色を楽しめるよう工夫されています。
空はみるみるうちに色を失い、気付けばすっかり夜の帳が。船体に伝わる振動を感じ船尾を見れば、すでにランプウェイが外され、もうまもなくそのときが訪れるということを知らせてくれる。
時刻は19時半、エンジンの唸りとともにらいらっくはゆっくりと離岸を開始。あぁ、離れてしまった。北の大地から、別れてしまった。久しぶりに北海道で数日間を過ごしただけに、その切なさは一層強くなる。
行きはよいよい、帰りはこわい。船出のもつ旅情は、行きと帰りでこうも違うものか。旅立ちの瞬間がもつ高揚感、それに相反する別れの出港の辛さ。でも、それがいい。それを味わいたいからこそ、僕はこうして船に乗る。
北海道との別れの儀式を終え、船内へと戻り夕食を。さすがは連休終盤、自由に飲食できるスペースとして開放されているカフェはほぼ満席。僕は出港前に席を確保していたので、何とか座ることができました。
最後の北海道グルメにと選んだのは、苫小牧のまるい弁当が調製する駅弁、スモークサーモン寿司。本当ならば登別で夕飯を仕入れるつもりでしたが駅前にお店がなく、乗り継ぎする苫小牧駅で駅員さんに頼んで改札外の売店で購入させてもらったもの。
蓋を開けると、飴色をした美味しそうな押し寿司が並びます。スモークされたサーモンは味わいと食感が凝縮され、それでいて強すぎない燻製の風味が絶妙。普通の鮭の押し寿司とは雰囲気を異にする、初めて食べる味わい。
洋上で味わう駅弁という非日常を、一層味わい深くするのが旅先での出会い。船内は満席状態のため、席を探して困っていたご夫婦と相席することに。お話しをしていると、どうやら山形への帰りだそう。お互い温泉好きだと分かり、思わず東北の秘湯話で盛り上がってしまいました。
洋上での夕食に舌鼓を打ち、食後の散歩へと繰り出すことに。前回乗ったはまなすとは違い、航行中もデッキに出られるのが嬉しいところ。夜闇に輝くデッキは一層旅情を増し、やはり船旅にして良かったと心の底から思えてしまう。
遠くには、ゆっくりと流れる北海道の街の灯り。あれは、白老あたりだろうか。きらきらと揺れる人の営みと、頬をなでる冷たい海風。航海のもつ情緒というものを、思い切り胸へと吸い込みます。
ベッドでごろりと横になり、落ち着いたところで再びカフェへ。夕食の時間帯も終わり、先ほどまでの喧騒が嘘のよう。ギャラクシー感溢れるはまなすのカフェに対し、こちらはナチュラルな雰囲気。白と木目を基調とした空間が、船上でのゆったりとした時間を演出します。
そんな優雅な夜を彩る、今夜のお供。まずは北海道ワインのおたる醸造、ロゼを開けてみることに。甘すぎず辛すぎず、ロゼのもつ白と赤のいいとこどりを味わえる美味しいワイン。
続いては、ふらのワインの赤を。ぶどうの渋みと酸味がしっかりとした、飲み応えある味わい。
美味しいワインに、ほろ酔い気分で浴びる海風。足元からは力強いディーゼルの旋律が伝わり、夜闇にぼんやりと照らされるファンネルマークが一層旅情を掻き立てる。
約束通り、また逢えたね。太平洋フェリーと、新日本海フェリー。去年僕のパンドラの箱を開けてしまったこの両雄は、二度目となってもその感動は色褪せない。それぞれ違う形で、航海のもつ旅情というものを教えてくれる。波の鼓動に身を任せ、旅好きとしての幸せを心ゆくまで味わうのでした。
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