明るさと川音に起こされ迎える、爽快な朝。残雪と滝を抱く荒々しい山肌の上には、陰影を浮かべ切り立つ柱状節理。朝日に照らされくっきりと映えるこの光景は、昨日到着したときよりも一層鮮烈に目に映る。
昨日感じたよりも、遥かに関東であることが信じがたい。穏やかな白濁の湯に浸かりながら、青空と川を渡る朝の風の爽やかさを浴びるひととき。思いきり山奥の秘湯感を吸収し、お腹もすっかり減ったところで朝ごはんの時間に。
食卓に並ぶのは、これまた山の湯宿にふさわしいおかずの数々。ぜんまいの炒め煮や、ふっくらと焼かれた厚焼き玉子。しいたけ味噌やきのこ柚子味噌といったおかず味噌も、熱々の白いご飯がモリモリ欲しくなるおいしさ。
岩魚の一夜干しはコンロで炙り、好みの加減になったところで頂きます。程よく水分が抜かれ、パリッと焼けた岩魚は香ばしさ満点。控えめながら魚のもつ滋味がじわりと溢れ、湯上りの心身の隅々まで沁みてゆくよう。
おいしい山の恵みにしっかりご飯をおかわりし、敷きっぱなしの布団で禁断のごろ寝。早速連泊の優美さに揺蕩い、お腹も落ち着いたところで湯めぐりへと向かいます。
第二露天風呂入口のすぐ奥には、飲泉所と利き湯ロマンの湯の入口が。思わず好奇心に駆られ、源泉をゆっくりとひと口。
おぅ。そう、そうだよね、こんな味だよね。硫黄臭いにごり湯そのものといった味に最初はうわっ!と思いましたが、意外とそれほど嫌いじゃない。でもお腹の弱い僕は、今日はこの1杯にしておきます。
入浴前に味覚から硫黄分を浴びたところで、早速利き湯ロマンの湯へ。脱衣所は男女別に分かれていますが、その出口の間に並ぶ浴槽は混浴となっています。
加仁湯には5本の源泉があるということで、浴槽も5つ。それぞれを混ぜることなく、単体の状態で入り比べることができます。まずは奥鬼怒4号。肌あたりの良い滑らかな浴感で、このときは適温に保たれていました。
続いてお隣の黄金の湯へ。先ほどの奥鬼怒4号とほぼ同じ成分組成そうですが、泉温は低めながら湧出量は多いのだそう。こちらも適温で、ミルキーなにごり湯を愉しめます。
お次は岩の湯へ。こちらは泉温が高く湧出量も多いそうで、このときは熱々でちょっと触っただけで入浴は断念。5つの源泉の中で一番溶存物質が多いそうで、お湯の表面に膜が張っているのが見えるほど。できれば入ってみたいとは思いますが、この揺らぎもまた出で湯そのままの掛け流しの魅力のひとつ。
更にお隣の崖の湯へ。成分は黄金の湯とほぼ同じですが、溶存成分が多いのが特徴だそう。こちらも結構熱めで、さっと浸かって逆上せる前に次へと移ることに。
温度も色味も手触りも似て非なるにごり湯を触り比べたところで、最後の浴槽であるたけの湯へ。こちらは唯一硫黄分を含んでいないそうで、昨日入ったカモシカの湯に使われていた源泉かも。刺激のない肌なじみの良いするりとした浴感で、穏やかな湯浴みを楽しめます。
5つある浴槽の中から、今回は温度も香りも肌触りも好みだった奥鬼怒4号に決定。この小さな浴槽に、自分のためだけに源泉かけ流し。その贅沢を噛みしめつつ目線を上げれば、柱状節理の付け根から現れる白き水の美しい流れ。
午前中から、もうこれだもんな。早くも連泊の甘美に心酔していると、何やら山肌を動く茶色い影。よくよく見れば、切り立った山肌を器用に歩く鹿の親子。保護色のため写真では判りにくいですが、よくもこんなところを落ちずに歩くものだと思うような小さなこどもを連れています。
さすがは、関東最後の秘境と言われる奥鬼怒温泉。この後も滞在中、テンにキセキレイ、かもしかにムササビと、こんなに動物に出逢うものかともうびっくり。東北や信州の秘湯でも体験したことがない状況に、より一層自分の住む街と同じ地域であることが嘘のように思えてしまう。
お湯良し、味良し、環境良し。こんな加仁湯での連泊が叶うだなんて。美しいにごり湯を独り占めし、そんな贅沢に他ならぬこの瞬間を胸いっぱいに吸い込むのでした。
コメント